前回は、AI時代に日本企業が“人を見る力”を失いつつある構造を取り上げた。今回はその続きとして、若手や越境者に権限を渡したときに何が起きるのかを、具体的な事例から見ていきたい。結論から言えば、日本企業が大きく伸びた瞬間には、私が垣間見た少ない経験でも必ず「越境する人」と「権限移譲」があった。
ソニーのデジタル事業化期
転職者と若手の判断が「韓国ドラマ配信」を成功させた2000年代初頭、ソニーはデジタル事業への転換期にあった。
その中で、当時まだ日本の地上波では流行していなかった韓国ドラマを「ネット配信すべきだ」と提案したのは、転職してきた中堅社員や若手だった。
テレビ局の常識に縛られず、「ネットなら視聴者はもっと自由に選ぶはずだ」という直感を責任者であった私は信じた。結果、韓国ドラマのネット配信はヒットし、ソニー合弁事業での動画配信事業の初期成功につながった。
ここでも鍵は、越境してきた人材 × 若手 × 権限移譲、という組み合わせだった。
エムスリー創業期:“外部の医師”の一言が
医療プラットフォームを一気に拡大させた
エムスリーは、ソニー・ソネット発の医療プラットフォームとして知られる。創業初期、医師の会員数をどう増やすかが最大の課題だった。
その突破口を開いたのは、社員ではない“外部の医師”の一言だった。
「ハーバード・メディカルスクールのオンライン講座は、国内トップ医大出身が支配する医師会では弱者になっている大多数の一般医学部出身医師にとって価値があるはずだ」
この提案を受け、エムスリーはオンライン講座の提供を開始。結果、地方医師の会員化が一気に進み、エムスリーの成長基盤が築かれた。 外部の専門家の越境が、企業の未来を変えた瞬間である。
READY FOR
文系からAI研究室へ“越境”した若者が、日本最大級のクラファンをつくった
クラウドファンディング「READY FOR」を創業した米良はるか氏は、慶應義塾大学経済学部生ありながら、東京大学松尾研究室へ“越境”した人物だ。
文系からAI研究室へ入り浸る。この異例のキャリアが、社会課題とテクノロジーをつなぐ視点を育てた。
米良氏は私のインタビューでこう語っている。
「社会課題を解決するには、文系・理系の境界を越える必要がある」
READY FORは、まさにその越境の結晶として生まれた。
いまや日本最大級のクラウドファンディングとなり、社会課題解決のインフラになっている。
ロボットクリエイター(高橋智隆氏)
「技術 × 身体性 × 物語」を越境したとき、ロボットは“文化”になる
ロボットクリエイターの高橋智隆氏は、 工学の枠を大きく超えた発想でロボットをつくり続けている。数年前のインタビューで高橋氏は、ロボットを「技術の塊」として扱わない。
むしろ、こう語っていた。 「ロボットは“人間の物語”をどう宿すかがすべてなんです。」
彼のロボットは、工学だけでなく、 デザイン、身体表現、心理学、さらには“演劇”の要素まで取り込んでいる。
- どう動けば「かわいい」と感じるのか
- どんな“間(ま)”があると「生きている」と思えるのか
- どんな失敗が「愛着」につながるのか
こうした“感情の設計”が、技術と同じくらい重要だという。
高橋氏は言う。
「ロボットは技術だけでは人の心を動かせない。心を動かすのは“物語”なんです」
この発想は、工学の世界だけでは生まれない。
海外遊学、就活落ち、大学に再度入り、緩く起業してみたりなど横断する“越境”があって初めて成立する。ロボットクリエイターの古田貴之氏もインドや仏教などの体験が基礎にあるようだ。 この工学や哲学などの越境こそが、日本のロボット文化を世界に広げる原動力になっている。
