東日本大震災の発生から3月11日で15年を迎える。今年も、被災地・宮城のセキスイハイムスーパーアリーナ(グランディ21)で、フィギュアスケート五輪2連覇の羽生結弦さんが座長を務めるアイスショー「羽生結弦 notte stellata 2026」が7日に初日を迎えた。
羽生さんは、故坂本龍一さんが音楽監督を務めた東北ユースオーケストラと初共演し、坂本さんの作曲に自ら振り付けた「Happy End」と、「八重の桜」の2つの演目でコラボレーションを披露。プロ転向4年目の新たな決意とともに、変わらぬ被災地へ寄り添う気持ちと希望を届ける舞いを披露した。
「私は16歳でした」
会場へ向かうシャトルバスの案内板、羽生さんがアイスショーの差し入れに選んだというエピソードから一躍話題となった仙台銘菓「シーラカンスモナカ」を買い求めるファンの長い、長い大行列……。JR仙台駅から“notte”開幕のカウントダウンが始まっているようだった。
会場のサブアリーナでは、24年1月に発生した能登半島地震の復興支援の一環として、能登の工芸品や名産品が並ぶ〝輪島朝市〟が出店。そんな震災復興を担う特別なアイスショーの初日は、6500人の観客が詰めかけた。
やがて、開演とともに、満席で埋まる真っ暗な観客席から灯された無数のペンライトが、“満天の星空”を創り出す。
そこに東日本大震災当時を振り返る羽生さんの声が流れた。
「私は16歳でした」
生まれ故郷が経験したことのない大きな揺れとともに壊れ、巨大な津波が東北をのみこんでいってから、15年が経った。絶望と無力感にさいなまれた当時の羽生さんに降り注いだ、美しい星の輝きは今なお、羽生さんの脳裏にかすむことなく残っている。
