辺境に根付く文化を学び
多面的な台湾を伝える
多くのオートバイが走る台湾。いたるところで道路を疾走する光景が目にとまった。そんなオートバイに乗り、南台湾の民俗文化を記録し続ける日本人が存在する。
「2010年に南台湾に来ました。現在は大学で日本語や日本の文化を教えながら、週末には台湾の民俗文化を観察しています」
そう話すのは、文藻外語大学日本語文系准教授の倉本知明さん。元々、国民党の軍人や公務員のコミュニティから生まれた『眷村(けんそん)文学』などの台湾文学を研究しており、大学院修了後に台湾での就職を考えて、単身で海を渡った。
「郷土史や人づての話を参考に、民俗文化が根付く場所に行って、そこに住む人の話を聞いています。昔、国民党の軍人や公務員のコミュニティーである眷村で話を聞こうとしたところ、抗日戦争を経験した老兵に『日本鬼子が来た!』と取り囲まれたこともあります」
調査した民俗文化は『フォルモサ南方奇譚』(春秋社)にまとめた。同書には、七層の双塔に龍と虎の頭がつく、高雄の人気観光地である「龍虎塔」も紹介されている。亀神の化身である亀山を貫くように日本軍が軍用道路を敷いたことが、その建立の歴史に関わっているという。だが、その歴史を知った上で訪れる人は少ないだろう。
なぜ週末の時間を使ってまで台湾の民俗文化を調べるのか。
「コロナ禍で3年ほど日本に帰ることができず、このまま台湾で人生を終えるかもしれないと思い詰めたことがありました。台湾には、身寄りのない人を祀る有応公という祠があります。私は、自分の先祖が誰も祀られていない土地で、どのようにアイデンティティーを見出していくのか。先人たちが積み重ねた民俗文化やその歴史を知ることで、土地との関係性を強めていきたいと思いました」
オートバイでひたすら南台湾を巡る中、見えてくるものがあった。
「高雄の人は『ここには何もない』とよく話すのですが、重ねてきた文化や歴史に気づくと、何もない空間が豊かになり、どんどん生活が鮮やかになりました。知らなくても生きていけるのですが、知らないまま過ごすのはもったいないと思うようになったんです」
倉本さんは今後、台湾全土に範囲を広げ、観察を続けると話す。
「日本は、台湾のことを『親日的』などの一面的にしか捉えられていないのかもしれません。しかし、その国の姿を知るためには、全面的な理解が必要です。教科書に載っているような歴史も大切ですが、辺境に根付く文化や歴史を知ることで、見える景色があると考えています。日本の人々には、一辺倒なイメージで判断するだけではなく、もっと広い視野で台湾に触れてほしいですね」
取材後、倉本さんはオートバイに乗り、颯爽と現場をあとにした。
