米有力紙ワシントン・ポストは8月10日(現地時間、以下同)、ドナルド・トランプ米大統領(以下、初出以外敬称および官職名略)に関して、彼の人道性を疑うような記事を掲載した。それは、7月にトルコで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会議終了後、帰国のため一旦乗り込んだ旧型エアフォースワン(大統領専用機)から、機内食運搬用のケータリングトラックに隠れてC-32A軍用機に移動し、出国したという記事である。
搭乗機乗り換えの背景には、イランによるトランプを標的にした「差し迫った脅威」があったという。今のところ限られた情報しか伝わってこないが、その中で秘密裏の搭乗機変更から何が読めるのか考えてみよう。
見せられない「弱いリーダー像」
情報の暴露後、トランプは秘密裏に搭乗機を変更した理由には、イランからの脅威があったことを、南部メリーランド州のアンドリューズ統合基地で記者団に対して認めた(8月11日)。米紙ニューヨーク・タイムズ(8月11日付電子版)は、NATO首脳会議の会場付近に「肩撃ち式ミサイル」を所持した人物が見つかっていたと報じた。また、同紙によれば、イランは、トランプが宿泊したホテルの部屋の階も把握していた。このような状況下で、大統領を警護するシークレットサービスは、「差し迫った脅威」が存在し、帰路でトランプが搭乗する旧型エアフォースワンが地対空ミサイルによって攻撃される可能性が高いと判断したという。
トランプ暗殺の企てのきっかけになったのは、「トランプ1.0」の2020年1月、米軍によるイランの英雄で革命防衛隊(IRGC)特殊部隊コッズ部隊のガセム・ソレイマニ司令官暗殺事件であると言われている。今回の米・イラン戦争において米軍によってイラン指導部が相次いで殺害され、イランのトランプ暗殺の決意はさらに強固なものとなったとみていよい。
これに対しトランプは、自身がイランの暗殺リストのナンバーワンにあるとホワイトハウスの担当記者に繰り返し語り、それは国際社会や敵国にとって「自分が重要な大統領であるからだ」と、自己の価値と評価を高めるメッセージを発信した。自分は、過去のどの米大統領よりも重大な影響力を持つ大統領なので、標的にされているのだというメッセージである。
このメッセージは誰に送ったものか。そしてその狙いは何か。
米・イラン戦争に反対する米国民を意識して発信したという答えは容易に導き出せる。その中でも、殊に、今秋の米中間選挙で必要な無党派層に向かって発信したと考えられる。トランプは、彼らに自分のイラン対応を再評価させたいのだ。
この件とは別に、今回のトランプの言動で看過できない点がある。前述の通り、トランプは旧型エアフォースワンからケータリングトラックに、秘密裏に乗りこみ、軍用機に乗り換えた。その際、シークレットサービスが、同行記者団に窓のシェードを下すように命じたと言う。当然だが、トランプが軍用機に移動する姿を撮影されないようにする意図があった。
その後、中継地となったイギリスの米軍基地(ミルデンホール空軍基地)に到着したトランプは、軍用機から旧型エアフォースワンに戻り、今度は報道陣に見せる形でタラップから降りて、何事もなかったような演出をした。その間、約40分かかったと言う。率直に言えば、同行記者団はだまされたのだ。
では、どうして旧型エアフォースワンに乗っていたかのような演出が必要だったのか。
トランプは、イランの脅威に屈したという印象を米国民に与えたくなかったのだ。殊に、11月3日の米中間選挙を前に「弱いリーダー像」を、有権者に見せれば、共和党に致命的な結果を招くことに成りかねないからだ。
なぜ、同行記者団、閣僚、ホワイトハウスの職員は「おとり」にされたのか?
シークレットサービスの使命において、大統領の命を守ることが最優先であることは言うまでもない。しかし、今回の極秘で行われた大統領の搭乗機変更では、イランの脅威に対してトランプを守るために、同行記者団と閣僚およびホワイトハウスの職員がミサイル攻撃の「おとり」として利用され、危険にさらされた。彼らはトランプの「人間の盾」として使われたのかもしれない。しかし、仮に攻撃を受けていたとすれば――。
周知の通り、これまでトランプは、米メディアにフェイクニュースのレッテルを貼り、「敵」と位置づけて、攻撃の的にしてきた。大統領の動向を取材する同行記者団は、トランプが搭乗機を変更したことを知らされずに、「おとり機」になった旧型エアフォースワンに乗っていた。トランプないしシークレットサービスにより非情な決定が下されたのだ。
同行記者団に加えて、旧型エアフォースワンには、マルコ・ルビオ国務長官兼大統領補佐官(国家安全保障問題担当)、スコット・ベッセント財務長官、スティーブン・ミラー大統領次席補佐官(政策兼国土安全保障担当)やスティーブン・チェン広報担当大統領補佐官(広報部長)が搭乗していた。ルビオはトランプの搭乗機乗り換えとイランの脅威について知っていたと報じられている。
一方、ベッセントはデモイン・レジスター紙のインタビュー(8月12日付電子版)の中で、トランプが別の機体で移動した件に関して把握していたか否か回答しなかった。代わりに、彼は情報を米メディアに漏らした人物が「反逆罪」に値するとして厳しく非難した。情報をリークした人物は特定されていない(8月13日時点、現地時間)。
トランプは、上記の閣僚とホワイトハウスの側近を「おとり機」に搭乗させた。大統領の継承順位は、1位がJ.D.バンス副大統領、2位がマイク・ジョンソン下院議長(共和党)、3位がチャック・グラスリー上院仮議長(共和党・中西部アイオワ州)、4位がルビオ、5位がベッセントになっている(図表)。1890年以降、上院仮議長は、多数派の中で当選回数が最多で、在任期間が長い最長老の議員が就任する慣例となっている。ルビオとベッセントは、バンス、ジョンソン、グラスリーと比較すれば、継承順位は低い。
さらに、ルビオ、ベッセント、ミラーおよびチェンは側近であるが、トランプは自分に対して十分忠誠心が高いとみておらず、「使い捨て」ないし「補充できる」側近とみているのかもしれない。自己の利益を最優先する傾向が強いトランプは、ベッセントを株式など金融市場の個人アドバイザーとして利用している、また、アドバイザーとして大口の政治資金の献金者として重用しているのではないだろうか。一方、ピート・へグセス国防長官は、予定通り、C-32A軍用機で帰路に着いた。
