『明治維新という物語』(中公新書)は、明治維新の記憶が地域によってどう受け継がれてきたか、国や地域の事情・状況により、どんな影響を受け、どう書き換えられてきたかを、五つの地域に検証した本。
執筆の契機は〈あとがき〉に記されている。
著者の宮間純一さんが大学院生の頃、旧佐倉藩(千葉県佐倉市)で藩主、堀田家の古文書を調査した折、地元の人々が今も「正睦(まさよし)公、正倫(まさとも)公」と話しているのを聞き、「なぜ、百数十年の殿様に敬語を使っているのか?」と、不思議に思ったことだった。
それで「明治維新についての地域の記憶」に関心を持ち、研究テーマに決めた。その後、2018年(明治150年記念の年)に各地を巡り多くの「明治維新・地域の記憶」に出会い、その中から五地域を選んだのだ。
―― 視点がとてもユニークですね。「史実」と「虚像」がない交(ま)ぜになった「歴史」を「物語」と呼び、「物語」の筋書きを作った人々の思惑に焦点を当てていますね。
「歴史学では近年、史料のみをつなぎ合わせ再構成したものが本当に“事実”と言えるのか、疑問が呈されていたんです」
1980年代の欧州でスタートした「記憶論」
―― だから記憶論を採用したわけですね。フランスの歴史家ピエール・ノラの1980年代の記憶論は、〈事件それ自体より、時を経て事件のイメージがどう作られていくか、意味の消滅や蘇(よみがえ)りの方に注目する〉?
「記憶論は1980年代の欧州でスタートし、日本ではこの20年ほどで一部の研究者が採用し始めました。これまでは第2次大戦の記憶などに応用されていますね」
―― 明治維新に対しては?
「一般書としてまとめたのは本書が初めてです」
明治時代が始まると、政府は明治維新の正当性を誇示するために、「王政復古」に功労があった人の慰霊・顕彰を開始した。
王政復古とは、1867(慶応3)年の「神武創業ノ始(はじめ)ニ原(もと)ツキ」天皇親政に還(かえ)るとした「王政復古の大号令」のことである。
我が身を顧(かえり)みず天皇・国家のため粉骨砕身した人々を「勤王(きんのう)の志士」として顕彰・贈位しようというのだ。
長州征伐と四境の役
―― 山口県の周防(すおう)大島町では、四境(しきょう)の役(えき)の大島口の戦いがありました。1866(慶応2)年6月、一般には第2次長州征伐と呼ばれますが、朝敵とされた長州が逆に幕府軍(伊予・松山藩)を破った戦いの、緒戦ですよね?
「長州藩側では“征伐”の字を嫌い、四カ所から戦争が始まったので“四境の役”と呼びます」
―― 大島口の戦いが最初なので、周防大島の人たちは自分たちの戦いが明治維新の端緒だと思った。それと、幕府軍が現地で働いた略奪行為への怒り。憤慨して庄屋や僧侶などの島民が幕府軍との戦いに参加した?
「ええ。それは、木戸孝允や伊藤博文など長州の本流の人々とはまるで違う歴史意識なんです。しかも慶応2年の戦いに特化しています。島民たちは、武士がだらしないから立ち上がりました。それが彼らにとっての明治維新であり、自分たちにとっても地域のアイデンティティになったわけです」
