2026年3月18日(水)

解剖:「大きな政府」を好む日本

2026年3月18日

 バブル崩壊後の日本経済は、短期的成果の過度な追求と、労働力をコストとしてのみ扱う発想を強めてきた。企業は当期の数字を優先し、人件費の圧縮を合理化の中心に据えた。賃金の伸び悩み、雇用の不安定化、人材育成投資の後退は、その延長線上にある。

 合理化は一部の効率を高めたが、社会全体としては成長力と活力を損ない、将来不安が沈殿した。目先の効率を優先するほど、長期の生産性と信頼基盤が痩せていくという逆説が、いま最も深刻な問題である。

(JLco - Julia Amaral/gettyimages)

 この行き詰まりを解く手がかりは、意外にも18世紀イタリアの思想家アントニオ・ジェノヴェージにある。ジェノヴェージはナポリで経済学を講じ、経済を単なる富の獲得技術ではなく、市民社会の秩序と幸福を支える学として捉えた人物である。彼はナポリの講座で「economia civile(市民的経済)」という言葉を冠した講義を行い、後にそれが市民的経済の系譜の起点として再評価されてきた。

 彼が提起した枠組みがeconomia civileである。economia civile とは、お金もうけだけでなく、信頼や助け合いによって社会全体がうまく回る経済の考え方である。重要なのは、信頼や協力が道徳の付け足しではなく、経済が作動するための前提条件だという視点である。

経済は市場からではなく社会から始まる

 経済をアダム・スミス流に市場のメカニズムだけで説明しようとすると、人は利得を求めて競争し、その結果として全体がよくなるという筋書きになりやすい。しかし現実には、人々が安心して取引し、分業し、投資できるのは、制度と同時に信頼が機能しているからである。

 信用が薄い社会では、契約の厳格化、監視の強化、過剰な手続きが必要になり、取引コストは跳ね上がる。逆に信用が厚い社会では、手続きが簡素化され、挑戦と投資が促される。

 ジェノヴェージは市場を、だまし合いや力比べの場としてではなく、互いの必要を満たし合う相互扶助の仕組みとして捉えた。信頼は市場の外側にある装飾ではなく、商業そのものの「魂」であるという考え方が、同時代の市民的経済の文脈でも繰り返し語られている。


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