知識を土台に協働と判断を育てる
economia civileの視点は教育にも応用できる。日本の教育は、正解を速く出す力を測ることに長けてきた。しかし社会に出れば、答えが一つに決まらない問題が圧倒的に多い。意見が異なる相手と合意を形成し、失敗から学び直し、責任を引き受けて判断する力が問われる。教育では知識の習得を前提に、正解主義にとどまらない協働と判断を育てる必要がある。
協働とは仲良くすることではなく、利害や価値観の違いを前にしても、関係を維持しながら結論へ進む技術である。判断とは、正解を当てることではなく、複数の選択肢の副作用を見積もり、説明責任を引き受けることである。これは、徳を「関係の中での実践能力」として捉えるeconomia civileの定義と整合的である。
そのためには、探究学習やプロジェクト型学習を単なる体験に終わらせず、役割分担、合意形成、利害調整、議論の設計、成果物の説明責任といった要素を学習目標として明示し、評価対象として扱う必要がある。知識の獲得が土台である以上、基礎学力の軽視ではない。むしろ、知識を現実の場で使い、他者と協働しながら判断できる形に仕上げることが、economia civileの徳の教育的意味である。
ここでも中間組織が効く。学校は単なる知識伝達装置ではなく、協働と信頼の反復訓練の場であるからだ。
人をコストとして扱わない
働き方改革もまた、economia civileの問題である。人をコストとして扱い、短期利益を最優先する社会では、働く人の意欲が下がり、技能の蓄積が止まり、企業も社会も長続きしない。
人を育てる企業は、技能の蓄積だけでなく、社内外の信頼を厚くし、採用や取引のコストを下げ、結果として競争優位を得る。短期のコスト削減が長期の生産性を損なう局面を、政策と経営は直視しなければならない。
政策的含意は三つある。第一に賃上げは分配政策であるだけでなく、信頼基盤の回復である。第二に人材育成や学び直しを企業任せにせず、職業訓練を社会インフラとして整える必要がある。第三に、同じ会社に留まり続けることだけを前提にせず、移っても学び続けられる労働市場の設計が求められる。信頼を個社の内部に閉じ込めず、社会全体に広げることが、流動性と安心の両立につながる。
ここで中間組織の視点が再び重要になる。職業訓練機関、大学・専門学校、地域の産業支援機関、職能団体、協同組合、企業間の人材循環ネットワークといった「個人と国家の間の装置」が、学び直しと移動を支え、信頼を社会全体に分散させる。
雇用と教育を企業か政府かの二者択一で考えると、制度は硬直する。economia civileは、その間を担う社会的装置の再建を要請する。
