2026年5月2日(土)

文学フリマ物語

2026年5月2日

近刊『文学フリマ物語 なぜ人は創作に魅せられるのか』(2026年5月20日発売予定)より、「はじめに」を公開いたします!
著者は共同通信 文化部の記者・鈴木沙巴良さん。文学フリマや個人出版の盛り上がりについて、3年あまり取材を続ける中で浮かび上がってきた「問い」が本書のサブタイトルになりました。
出版不況、書店の減少が叫ばれるなか、なぜ「文学」を掲げるイベントにこれだけの人が集まるのでしょうか。――ユニークで個性的な作品が邂逅する「文学フリマ」 という現象に迫ります。
*本記事は、『文学フリマ物語 なぜ人は創作に魅せられるのか』(ウェッジ)から一部抜粋して編集のうえ掲載しています。

なぜ人は創作に魅せられるのか

 久しぶりに青山ブックセンターを訪れた。

 2025年2月2日、曇天の節分。通りを挟んで青山学院大学の向かい側、国連大学の脇を奥へと進んでいくと、地下へと続く階段とエスカレーターがある。それを降りきると、正面に店名の青いネオン。ガラス張りのその書店が、青山ブックセンターだ。写真やデザイン関係の書籍の品揃えが豊富で、場所柄からそう感じるのかもしれないが、おしゃれな雰囲気が漂っている。訪れた時には、イラストレーターのトークイベントも開かれていた。それなりに盛況していたけれど、目当てはそれではない。

 書店を出て、同じフロアを探索してみる。ワイン教室や美容関係のテナントが入っているものの、人気はなく、ゆっくり見て回れた。が、20年ちょっと前の景色が全く蘇ってこない。記録上、2002年11月3日にこのフロアにあった青山ブックセンターのイベントスペース「カルチャーサロン青山」で、第1回文学フリマが開かれたことは間違いない。そして、そこに僕がいたということも。しかし、そのようなイベントスペースは存在しておらず、清潔感はあるがどこかよそよそしい廊下が延びていた。うろ覚えの当時の映像と目の前の景色が、重ならない。そしてそれは、これからもずっと重なることがないだろう。

 文学フリマとは文学作品の展示即売会だ。出店者が「文学」だと思うものであれば、どんな中身であろうと自由に販売できる。本を自主制作した人たちが集うイベントとしてはマンガなどの同人誌即売会「コミックマーケット」(通称コミケ)、「コミティア」、「そうさく畑」などが先行するが、文学フリマは「文学」に限っているところに特徴がある。2002年に初開催されてから規模は拡大を続け、2025年11月に東京で開かれた文学フリマの来場者は2万人に迫る勢いだ。日本武道館の最大収容人数が1万5千人足らずというから、その規模の大きさが分かる。

 しかし、最初からそんなに大きなイベントだったわけではない。詳細は後の章に譲るが、批評家の大塚英志さんが文芸誌『群像』(2002年6月号)に1本の評論を発表したことが、文学フリマ開催の直接の端緒になった。その評論「不良債権としての『文学』」の中で大塚さんは、出版市場が縮小してそれまでの「文学」が持続不可能になっていると指摘し、その「対症療法」の一つとして、既存の流通システムの外側に市場をつくる試みを提案した。それを具現化したものが文学フリマだった。

 当時、僕は18歳の大学1年生。その年の春から早稲田大学に通い、「現代文学会」という文学サークルに所属していた。先輩たちの発案で、僕たちも第1回文学フリマに参加することになった。販売するものとしては、年に1回作っていた同人誌『早大文学』があったし、それに加えて新たに『リブレリ』という書評誌(大学のコピー機で印刷しホッチキス留めした簡易的なもの)も作ることにした。前者が300円、後者が100円だったと記憶している。

 第1回文学フリマには約80の個人や団体が出店し、約1千人が来場した。友人が撮った当時の写真を見ると、白いタイル張りの部屋に長机が並び、おのおのが自身のブースに同人誌をところ狭しと並べている。規模としては大イベントとは言えないが、それでも会場は高揚感に満ちていた。その熱気は、当時の文学を取り巻く状況とも関わっていたように思う。

2002年に開催された第1回文学フリマ(市川大輔さん提供)

 背景にあったのは出版不況だ。書籍は1996年、雑誌は1997年をピークに出版販売額が減少に転じていた。Windows95が発売され「インターネット元年」と称されるのが1995年。ネットが広まり、メディア環境は数年で一変していた。当然、文学の世界にも影響はある。文学フリマの開催と前後して、文芸界隈では新たな雑誌が相次いで創刊された。大塚さんと批評家の東浩紀さんが責任編集となり生まれた『新現実』(2002年)、ジャンル横断をうたった『重力』(同年)、評論家の福田和也さんや坪内祐三さんらが編集同人となった『en-taxi』(2003年)――。それぞれカラーは異なれど、文学作品が売れなくなっている状況を背景に、新たな「文学」の場を創造しようとする試みだったと言えるだろう。

 第1回文学フリマの熱気というのは、こうした状況の中で自らが文学と信じるものを手売りし、同じく文学に関心のある人たちと同じ場所を共有することで生じる共感のようなものから生まれていた気がする。

 出店者の中で特に長い行列ができていたのが、エンターテインメント作品を対象とするメフィスト賞でデビューした作家の佐藤友哉さん、西尾維新さん、舞城王太郎さん、そして講談社の編集者だった太田克史さんによる『タンデムローターの方法論』のブースだった。今で言う“推し”の作家にサインしてもらったと喜ぶ先輩の、ほくほくとした笑顔が忘れられない。なお、この同人誌は翌年に創刊され一世を風靡する雑誌『ファウスト』のプレ創刊号のような存在だったと、佐藤さんは取材に答えている。覆面作家の舞城さんが『阿修羅ガール』で三島由紀夫賞を受賞し、話題となったのも2003年。当時、文学の世界で新しいムーブメントが起きている空気のようなものを僕も学生ながら感じていて、文学フリマに参加することでその空気を吸っている気がした。

 午後には大塚さんと、『重力』の編集に携わっていた文芸評論家・鎌田哲哉さんらのトークイベントが催された。登壇者が席に座って聴衆に向け話をし、聴衆は地べたに座って耳を傾けた。参加者がひとところに集まって、主催者らの言葉を共有していた当時の光景を思い返すと、なかなか象徴的だと感じる。

 大学卒業後、僕は海外放浪や大学院進学など紆余曲折を経て、共同通信社の記者になった。8年間の地方勤務を経て東京の文化部に異動し、2年目の2019年からは文芸担当に。その間、ほとんど同時代の日本文学とは接点がなくなっていたので、13年ぶりに文学の世界を垣間見ることになった。その世界は、学生時代と様変わりしているように感じた。

 もう出版不況は当たり前のこととなり、昔ながらの町の本屋がいくつも姿を消していた。文芸書も売れていない。大学時代に創刊された、先に挙げた雑誌は全てなくなっていた。直木賞を受賞した作家に、担当編集者が「本業」を辞めないように忠告していたと聞き、驚いた。もちろん(というのも変だが)芥川賞を受賞した新人作家の多くは、別の仕事をしながら作品を発表している。専業作家は一部の人気作家を除いて、成り立たなくなっていた。

 他方で、独立系書店と言われる個性的な本屋が各地に生まれ、作家によるトークイベントなどを開いては熱心なファンを集めていた。「韓国・フェミニズム・日本」と題した特集を組んだ文芸誌『文藝』2019年秋号は、交流サイト(SNS)などで話題を呼び、創刊以来86年ぶりに2度増刷された。初刷り8千部ということなので「マス」の人気というわけではないが、「ニッチ」というか「ミニ」というか、深く刺さる人には刺さっている。これと関連して、いわゆる大衆文学を扱い部数の多かった小説誌は大幅な減少が続いているが、純文学を扱う文芸誌は部数の減り方が緩やかだ。娯楽が多様化する中で、文学は誰もが注目する「メインカルチャー」から、一部の愛好家が支える「サブカルチャー」へと移行しているようだった。いや、むしろ「メイン」も「サブ」もなくなったという方が正確だろうか。

 文芸担当記者の重要な仕事の一つに、芥川賞と直木賞の候補者を取材するというものがあるが、そこでもこうした変化を感じた。多くの書き手には文学(特に小説)が社会的に特別な位置を占めているという意識はなく、映画や漫画などと横並びになっていると感じた。「映画は一人で撮れないから小説を書いている」と公言する作家もいた。もちろん、僕が学生だった2000年代前半も文学が特権的な文化だという「権威」は薄れていたが、まだ残り香みたいなものはあって、だからこそ、その権威への反発や「売れないこと」への危機感から新たな試みも生まれたように思う。けれど、2020年前後にはそうした残り香さえすっかりなくなっていた。

 そして、文学フリマ。それは、僕たちが参加した頃とは全く規模の異なるイベントになっていた。

 会場は青山ブックセンターのイベントスペースではなく、幾度かの場所の変更を経て、僕が文芸担当になった頃には東京流通センターという羽田空港にほど近い大きなイベントホールになっていた。2019年5月に開催された回の来場者は5千人を突破。会場を訪れると、その広さと人の多さに驚いた。色とりどりののぼりやポップでブースを飾り立て、あちこちで会話の輪ができ、とてもにぎやかだ。販売されている作品の種類も実に多様で、第1回で多く見られた小説や評論のほか、短歌や俳句などの詩歌、エッセイ、日記、ノンフィクションなどなど。テーマも個性にあふれ、競馬からストリップまでユニークなものも目についた。一般的な「文学」の枠から外れるようなものも見受けられるが、2022年には出店者の中から芥川賞作家も生まれた。そして、文学フリマは東京だけではなく、日本各地で開かれるようにもなっていた。

 これは、何なのだろうか。

 僕は記者だ。記者は取材をするものだ。20周年となる2022年11月に東京で開催された文学フリマに合わせ、事務局や出店する作家、来場者を取材し、またかつてのサークル仲間に声をかけて同人誌を作り出店もしてみて、新聞向けとインターネット向けの記事を書いた。これまでの変化をまとめ、その要因についての見解や来場者が何に魅力を感じているかを伝えた。

 いったんはそれで気持ちが落ち着いた。けれど、その後、ネット記事を見た編集者から本を書いてみないか、という話をもらった。すると、またぞろ疑問が湧いてきた。

 出版不況が叫ばれて久しいのに、なぜ「文学」を掲げるイベントにこれだけの人が集まるのか。SNSや投稿プラットフォーム「note」でいくらでも情報発信できるのに、なぜ紙の本を作り、対面で販売するのか。地方での開催は地域にどのような影響を与えているのか。商業出版文化との関係はどうなっているのか……。

 まだ取材が足りない気がしてきた。

 既に担当は文芸から映画に変わっていたが、時間を見つけて地方も含めた文学フリマに足を運び、関係者に話を聞いた。そうする内に、文学フリマの規模の拡大が、より広い社会状況の変化の中に位置づけられるように思えてきた。とはいえ、それは一つの原因によるのではない。まるで複数の波紋が重なり合って大きな波を作るように、いくつかの原因が絡まり合って生じた現象のようだった

 文学フリマについて語ることを通して、文学を巡る状況、出版文化を巡る状況、引いては社会の変化の一側面を浮き上がらせることができるかもしれない。そう考え、この本を書くことに決めた。

 2024年12月1日、文学フリマ東京は会場を東京ビッグサイトに移して開催された。コミケも開かれる国内最大の国際展示場だ。オープンに先立ち、事務局代表を務めていた望月倫彦さんが出店者たちに向けてこんなアナウンスをした。

 「大塚英志さんは「不良債権としての『文学』」という文章の中で「現状の『文学』の力でビッグサイトを満員にすることは不可能です」という風に記しています。つまり22年前、文学フリマを自分で提唱しておきながら、ビッグサイトでやることなんて不可能だと、そう提唱者である大塚英志さんは書いていました。それがですね、こうして出店者の皆さんが集まって輪を広げていただいて、そして全国にも仲間が増えて各地で開催していくことで、今日、文学フリマは、東京ビッグサイト西3・4ホールをいっぱいにすることができました。みなさん、ありがとうございます」

 温かい拍手が会場を包み込んだ。この日の出店数は約2300、来場者数は約1万5千人。同年春から東京開催の文学フリマでは入場料1千円が課されるようになり有料化されたが、参加者は増え続けている。

 その2カ月後、僕は青山ブックセンターを訪れた。第1回文学フリマの時の様子を少しでも思い出せればと思ったからだが、冒頭に記した通り、それはかなわなかった。むしろ確認できたのは、この20年あまりの変化の大きさだ。書店員に聞いたところ、かなり前にそのフロアは改装されて、第1回文学フリマが開催されたイベントスペースはなくなったということだった。けれど、不思議と残念だとは感じなかった。失われたものへの郷愁もなくはなかったが、現在進行形で起きていることへの好奇心が勝っていた。

 建物を出て、曇天の下を歩いた。2月の空気は冷たかった。文学フリマに関わる人たちの話を聞こうと思った。

もくじ
第1章 「書きたい」という衝動
第2章 「文学」でつながる共同体
第3章 始まりと「新しい文化運動」
第4章 地域の独自性とSNSの活用
第5章 短歌ブームと日記ブーム
第6章 多層化する本の世界

★お知らせ★
2026年5月4日(月祝)開催の文学フリマ東京42にて、先行販売いたします!
素敵な特典もご用意していますので、ぜひこの機会に遊びにきてください!
◎日時:2026年5月4日(月祝)12:00〜17:00(最終入場16:55)
◎会場:東京ビッグサイト 南1~4ホール(江東区有明)
◎ブース:ほんのひととき編集部【A‐17~18】(南1・2ホール)
◎入場料:【前売】1,000円【当日】スマチケ 1,350円・現地窓口 1,500円
◎公式サイト:https://bunfree.net/event/tokyo42/
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