2026年6月4日(木)

世界の記述

2026年6月4日

 米国・イスラエルによるイランへの攻撃で火蓋が切られた戦争は、4月7日(イラン現地時間8日)にパキスタンの仲介によって一時停戦に漕ぎつけた。4月11日から12日にかけてはイスラマバード(パキスタン)で米国・イラン両交渉団による第1回協議が実現するなど、前向きな進展が見られた。

停戦後もイランでもデモが展開されている(ロイター/アフロ)

 その一方で、現時点で一時停戦合意は延長されているものの、米国・イラン間に横たわる様々な争点に関して双方が折り合うことができず、また湾岸地域や東地中海地域において低・中烈度の軍事的衝突も発生して合意が形ばかりになっており、互いの主張が平行線を辿っている。

 米国・イラン間の主要な争点として一体何が浮上しており、互いに譲れないラインはどこにあるのだろうか? 本稿では、開戦の経緯を簡単に振り返りつつ、米国・イラン間でやりとりが行われている覚書の内容について考察した上で、今後の注目点を示したい。

開戦の経緯

 まず、多くの報道において、「米国・イラン協議」という表記が一般的であることから忘れられがちであるが、今次の戦争の発端にはイスラエルが深く関わっている。

 そもそも、1979年2月11日にイラン革命を経て成立したイラン・イスラーム共和国体制は、初代最高指導者ルーホッラー・ホメイニー師が唱道した「イスラーム法学者による統治論」の下、圧政への抵抗と被抑圧民の救済を掲げてきた。イラン現体制は、ウンマ(イスラーム共同体)を脅かすイスラエルと、革命以来鋭く対立してきた。しかし、両国間で繰り広げられた対立は、長らくは「影の戦争」であった。

 これが「表の戦争」に変化したのは、2024年4月を通じて見られたイスラエル・イラン本土間での攻撃の応酬である。4月1日、イスラエル軍はダマスカス(シリア)にあるイラン大使館へミサイル攻撃し、イラン・イスラーム革命防衛隊幹部ら7人を殺害した。主権が侵害される事態を受けて、イランは4月13日夜、「真の約束」と称する軍事作戦を実行し、イスラエル領内に300発以上のドローン・ミサイルを発射した。

 その後の4月19日にイスラエルがイラン中部エスファハーンに報復攻撃を加え、イランが「大したことはなかった」と主張したことで、この時の軍事衝突は一旦幕切れとなった。イランによるイスラエル本土への攻撃はこの時が初めてであったことから、両国の緊張関係のフェーズが一段上がる事件となった。


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