イスラム教を嫌って自由の国フランスに移住したアルジェリア出身男性
11月28日。奇岩と水郷の観光名所タムコックのレストラン。3歳くらいのヤンチャ盛りの男児を連れた関西出身のミキさんと知り合った。ご主人は浅黒く精悍な風貌の30代半ばの男性だ。
男性はモンと名乗り、アルジェリア人の父親とモロッコ人の母親の間に生まれてアルジェで育ったという。モンとミキは旅好きで年に1回は長期旅行している。特にインドがお気に入りで数回長期滞在した。
モンの父親は厳格なイスラム教徒で、子どもの頃はマドラッサに通った。マドラッサとはイスラム世界では一般的ないわゆる“イスラム神学校”である。公教育が不十分な地域では実質的にマドラッサが初等中等教育を担っている。無償なので貧しい庶民の子弟が多く通っている。
モンは幼少期からイスラム教の戒律に縛られた生活に疑問を抱いていたが、厳しい父親から1日5回の礼拝や断食を強いられた。マドラッサでは意味も分からぬアラビア語で書かれたイスラム教の聖典“コーラン”を無闇に暗唱させられ、何時間も声を張り上げているのは無駄なことだと内心思っていた。マドラッサでは数学や英語や科学などは軽視されており、例えば数学では初歩の計算くらいしか習わなかったという。
フランスとトルコにおけるイスラム教と政教分離・世俗主義
モンは高校を卒業すると束縛の多いイスラム教社会から決別するべく“自由・平等・博愛の国”フランスに渡航。いろいろな仕事を経験してフランス国籍を取得した。フランスのパスポートなので世界中を自由に旅行できる。“フランス人”であることを幸せであるという。現在モンとミキは南仏の地中海沿いの町に住んでいる。
モンはアルジェリアを出国してから“無宗教者”として生きていると信条を吐露した。モンは無宗教者(no religion person)を“特定の宗教を信仰しないが、他人の信仰は尊重する”と定義した。フランスはフランス革命以来、歴史的に“政教分離”“世俗主義”の社会を形成してきた。フランスは、まさに宗教を強制しない自由の国であるとモンはフランスの国是ともいうべき政教分離・世俗主義を手放しで賛美した。
筆者がトルコでのフツウの人々のイスラム信仰のエピソード(※注)を紹介したところ、モンはトルコの政教分離政策は素晴らしいと絶賛した。
※注
- イスラム教大国トルコ『津々浦々のモスクに泊まって見えてきた庶民の信仰と宗教指導者イマムの実像』(上)
- イスラム教大国トルコ『津々浦々のモスクに泊まって見えてきた庶民の信仰と宗教指導者イマムの実像』(中)
独自のコーラン解釈により、飲酒もギャンブルも楽しんでいるトルコ庶民の宗教観にモンは大いに納得。「そもそも宗教は個々人が自分の良心と価値観に従って信仰するべきものであり“自分の信念に従って解釈するべきもの”である」と強調。そしてイスラム寺院であるモスクを国家が管理してモスクの宗教指導者(イマム)を国家公務員としているトルコの政教分離・世俗主義体制を現代社会に適合していると評価した。
フランスでは学校で女生徒のスカーフ着用は禁止されている
“フランスの公立学校では、イスラム教徒の女生徒がイスラム教徒としての義務であるスカーフ(ヘジャブ)着用を禁止している”ことについてモンの意見を聞くと「当然のことである」と躊躇なく断言した。
フランスでは政教分離・世俗主義を徹底して個人の信仰の自由を保証するため、公教育や議会などの公の場で宗教的シンボルを他人に見せることを禁止することが法制化されてきたが、筆者の知る限りではイスラム教徒人口が増えるフランスでは議論が分かれているように思われる。
神仏混交・八百万の神を受容する日本人としては、フランスでスカーフ着用禁止してまで守りたい“個人の信仰の自由”という価値観が今一つピンとこないのだが。
イスラム教徒との共生は不可能と断言するジョージア人
ニャチャンのホステルで同宿したスティーブ41歳はジョージア出身。(※注ジョージアは旧名グルジアであり南コーカサスに位置する)。ジョージア人の大多数はジョージア正教徒であるという。スティーブによるとジョージアは正統コーカソイド(いわゆる白人種)の発祥の地であるらしい。そのためコーカソイドのゲルマン民族の血統を優越人種であるとしたヒットラーは、ジョージアに調査団を送って来たという。
世界各地を渡り歩いてきたスティーブはイスラムとの共生を断固として否定した。「イスラム教徒はイスラムの価値観を至上として異教徒の価値観を否定する。イスラム教徒が数人程度なら社会にとり無害であるが、イスラム教徒が増えれば非イスラム教徒はイスラム教徒の行動規範を無視できなくなり、さらにイスラム教徒が増加すれば、非イスラム教徒でもイスラム教徒と同様の行動規範を遵守しなければ軋轢が生じて社会が不安定になる」と論じた。
確かに日本でもイスラム教徒が集団で公園や公道など公共の場所で集団礼拝している様子が報じられるが、フツウの日本人は違和感を覚えるのではないだろうか。また若し日本でイスラム寺院が夜明け前にラウドスピーカーから大音響で礼拝を呼び掛けるアザーンを流したら付近の住民から猛烈な苦情がでるのは必定だろう。
ソ連邦時代はユートピアだったのだろうか?
スティーブによると共産党一党独裁のソ連邦時代には宗教は否定され、イスラム教徒もキリスト教徒と共生していたという。さらに「ソ連邦時代のグルジアではフツウに働けば年に2回家族で海外旅行ができた。退職すれば年金で十分に暮らしていけた。医療・教育は無償だった。当時のユーゴスラビアなどは世界有数の先進工業国家だった」と賛美した。この類のソ連邦時代の評価はロシア人、セルビア人、アルバニア人からも聞いているので多少なりとも一面の真理があるように思われるが。そしてスティーブは多文化多民族共生を唱えるリベラリストが大嫌いと唾棄した。
