2026年7月8日(水)

教養としての中東情勢

2026年7月8日

 米イスラエル連合軍の2月末の攻撃で殺害されたイランの前最高指導者ハメネイ師の国葬が4日から9日までの日程で始まった。全国で約2000万人が参列するとみられ、人々は「米国に死を」と報復を誓った。

イランの故最高指導者ハメネイ師の葬列には、多くの人々が集まっている(ロイター/アフロ)

 だが、こうした対米非難の裏では、イラン指導部が米国との停戦のため、ペゼシュキアン大統領が職を賭して最高指導者のモジタバ師を説得するなどギリギリのせめぎ合いがあった。

イランを追い込んだ「海上封鎖」

 イランが大規模な葬儀を執り行ったのは「決して屈しない」ことを米国やイスラエルに示すためだったが、一方で現実的な生き残り策を模索していたことも明らかになった。その緊迫の内幕を伝えたのはニューヨーク・タイムズ(7月4日)だ。

 米国との停戦をうたった覚書は6月17日に調印された。だが、モジタバ師は直前になっても承認を躊躇していた。このためペゼシュキアン大統領が同師のもとに赴き、説得したという。

 大統領はイランの経済が米国の「海上封鎖」によりマヒし、悲惨な状態になっていることを説明、もし承認しないのなら大統領を辞任する、と通告した。モジタバ師は「原則的には合意に反対」との立場を明らかにしながらも、イラン国政の意思決定機関である「最高安全保障委員会」(SNSC)が賛成するなら対米交渉を承認すると譲歩した。

 SNSCはメンバー13人中12人が対米交渉に賛成し、モジタバ師の条件がクリアされたという。これと並行してヘマティ中央銀行総裁が同師に書簡を送り、イランが「海上封鎖」で財政上の危機に陥っていることを強調。石油輸出の代替ルートを見つけるのは困難であり、このままでは8月末までに重要な食料と医薬品が底を付いてしまうと窮状を訴えた。


新着記事

»もっと見る