中華民国総統府
開かれた台湾の最高統治機関 総統府に残る菊の紋章
日本統治時代の台湾総督府。1919年3月31日の竣工で、赤煉瓦の壁面に花崗岩をストライプ状に配した「辰野式」のスタイル。東洋屈指の西洋建築と謳われた。デザインは公開制の懸賞協議(コンペ)によって決まり、辰野金吾門下の長野宇平治の作品が選ばれたが、これを森山松之助が手を加えて採用となった。
現在は中華民国総統府として、総統の執務空間となっている。建物の総床面積は2100坪で、建物中央には高さ60メートルの塔があり、シンメトリーが美しい。また、2階ホールのドアノブには花びらを重ね、皇室の象徴である八重菊の紋章が残っている。
日本と同様、地震の多い台湾でこの建物は「永久に用いること」が想定され、地ならしだけで1年半という時間をかけたという。施工には8年もの歳月を費やされ、工事は早朝から深夜まで交代制で行われた。時間厳守が貫かれ、周囲に暮らす人々は時計を必要としなかったという逸話も残る。
現在は平日の午前中に一階部分が公開されており、日本統治時代の様子や民主化の歴史、そして、台湾が目指す未来についての展示がある。また、月に一度の特別参観日には、大ホールをはじめ、2階部分の見学も可能となる。
台鉄新竹駅
昭和天皇も皇太子時代に降り立った新竹のターミナル建築
新竹駅は1913年3月31日に竣工した老駅舎が健在だ。ドイツ風バロックと呼ばれるスタイルで、直線を多用し、やや厳つさを感じさせている。設計を担ったのは明治から大正期にかけて台湾に滞在した松ヶ崎萬長。工事は5年の歳月を費やしたという。23年4月19日には皇太子の立場で台湾を行啓した昭和天皇も降り立っている。全行程20日間、台湾には12日間滞在したが、降り立った駅の中で現役なのは新竹駅だけである。
松ヶ崎はドイツ建築を日本に紹介したことで知られる人物。岩倉具視の遣欧使節団に加わり、ベルリン工科大学で建築を学んだ。帰国後、1886年には造家学会(のちの日本建築学会)の創設に動き、中核的な役割を果たした。
駅舎の中央塔には時計が据え付けられていた。これは公定時刻を市民に知らせるという意味を含んでおり、戦前のターミナル建築にはよく見られた。
2015年2月12日には、東京駅丸の内駅舎と姉妹駅協定が締結された。ともに日本人が手がけており、竣工は東京駅が1914年で、新竹駅のほうが古い。
