AI時代の人間の役割
AIは計算、分類、要約、定型判断を急速に代替し、仕事の多くを自動化または補助すると見込まれている。実際、生成AIが業務の自動化と補助を通じて生産性を押し上げうること、また今後の技能が大きく変化しうることは、国際的な調査や報告でも繰り返し指摘されている。
一方で、人と人の間にある価値の衝突を調整し、責任の所在を引き受け、信頼を育てることは自動化しにくい。AIが答えの候補を提示するほど、人間には、どの答えを採用し、どの副作用を引き受け、どう説明して納得を得るかという社会的判断が残る。
ここで必要になるのが社会の編集能力である。関係と制度の間をつなぎ、合意と責任を設計する仕事であり、まさにeconomia civileが重視する領域である。こうした能力が育つのもまた、中間組織の中での経験である。
AI導入による生産性向上は、技術の高度さだけでは決まらない。組織内の信頼、学習文化、失敗の許容度、説明責任の設計が整っているかどうかで決まる。
世界的にも、技能変化が見込まれる中で、創造的思考や協働などの人間的技能が重視される方向は明確である。ジェノヴェージの枠組みは、経済を社会に埋め戻し、信頼と協力を市場の内部条件として捉え直す点で、AI時代にむしろ現実味を増している。
日本経済の再生は信頼への再投資から始まる
日本経済の閉塞の根には、短期成果の最大化と、人をコストとして扱う発想がある。その副作用として育成の空洞化、賃金停滞、将来不安が広がり、社会の信頼基盤が薄くなった。ジェノヴェージのeconomia civileは、経済を社会の持続可能性という軸で捉え直し、信頼と助け合いを市場の内部条件として再評価する思想である。
必要なのは信頼への再投資である。教育では知識の習得を前提に、正解主義にとどまらない協働と判断を育てる必要がある。働き方では人材を資本として扱い、技能と信用を蓄積する。
そして、その両者を社会全体につなぐために、中間組織を再建する。家族、地域、学校、職能、企業内外の共同体が、徳と信頼を育てる場として再び機能するとき、取引コストは下がり、挑戦が増え、経済は長期に耐える。経済とは人を削る仕組みではなく、人を生かす仕組みである。その原点を取り戻せるかどうかが、次の日本を決めるのである。
なお、社会保障の拡大による国民の国家依存が強まるほど、ジェノヴェージの徳が切り崩されて国民の「原子化」が進行し、中間組織が弱体化してしまう。原子化した国民の国家依存がさらに強化される悪循環に陥り、日本の国力が衰退する。こうした点について、『Wedge2026年4月号』の拙記事「日本人が好む「大きな政府」その先にある依存型社会の危機」で論じているので、是非ご覧頂きたい。
