2026年6月5日(金)

日本主導で平和の再構築を

2026年6月5日

 2000年10月に開催された国連安全保障理事会において、全会一致で「人間の安全保障」の概念を基にした1325号「女性・平和・安全保障(WPS)」が採択された。

戦争の当事者は兵士だけではない。見過ごされた存在に目を向けなければ平和は語れない(KO SASAKI)

 「大拍手と同時に、他の会議室や廊下からもざわめきが聞こえ、私たちにもその吉報が届きました」

 そう語るのは当時、国連女性の地位委員会(CSW)の会議に日本代表として出席していた目黒依子氏。

 「1325号は、女性たちの長年の願いでした。『平和・安全保障』は長く男性中心の課題として扱われてきましたが、そこに女性を主体として位置づけたことに大きな意味があったのです」と振り返る。

 平和や安全保障といえば軍事、戦争という認識が前提にあり、そこでは戦う主体である「男性」だけが想定されていた。しかし現実の紛争は、それだけでは捉えきれない。

 「戦場には兵士の手当てをする看護師や女性医師がいます。戦場でなくても、日々の生活で家族を守る母親がいます。人知れず暴力を振るわれている女性もいます。女性はそこに『いない』のではなく、『考えられてこなかった』ということです」(同氏)

 この領域において、女性の存在が認められ、WPSとして採択されるまでには長い道のりがあった。

 議論の中心となってきたCSWは1946年に発足。その後、戦後復興と経済成長が進む中、世界では女性の権利や開発、貧困をめぐる課題が徐々に国際社会の議題として共有されていった。

 「特に76年からの10年間は、CSWの面々が〝国連女性の10年〟と呼ぶほど、平等・平和・開発をめぐる苦難に向き合っていました」

 90年代前半には、その成果として、開発戦略の視点を大きく変化させる国連会議が続けて開かれ、女性の権利の明文化や、文書の採択が進んだ。95年に北京で開かれた第4回世界女性会議(北京会議)では、「ジェンダー主流化」が主要戦略となり、環境、人権、人口、開発など、他の課題と交差し合うグローバル課題の解決の鍵として、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための「北京宣言及び行動綱領」が採択された。

 だが、北京会議以降、経済のグローバル化やアジア金融危機、武力紛争が女性に深刻な影響を与え、貧困撲滅の障害となっていた。

 2000年6月、米ニューヨークで国連特別総会「女性2000年会議」では、「言葉はもう十分、行動を」をスローガンに、行動綱領の〝実施〟に重きが置かれ、「ジェンダー主流化」は、21世紀の人間中心で持続可能な発展のキーワードとして、新たな展開を期待されることとなった。

 「『女性・平和・安全保障』のそれぞれの言葉の認識は流動しても、国連という組織と、それが担う目標は、時代の要求に〝体当たり〟してきたといえるでしょう。女性を人間の同類と認め、同類が同等に人間社会で生命の安全保障を得るためにCSWは発足し、それ以来、各国政府と共に、世界中の多様な人材から得る知恵や知識、そして各国NGOの『力』で協働してきました。その成果が、WPSなのです」と目黒氏は語る。


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