2026年2月末以降の中東危機は、中東産エネルギーへの依存度が高いアジアの供給途絶への脆弱さを改めて浮き彫りにした。日本企業にとっても、石油化学製品の原料となるナフサなどの供給停滞は、自動車や電子部品、医療物資など幅広いサプライチェーンに影響を及ぼしかねない。
こうした危機を受け、東南アジア諸国連合(ASEAN)では、各国が個別に備蓄を積み増す従来型の対応に加え、電力や天然ガス、石油を域内で融通し合う「エネルギー集団安全保障」の構築に向けた動きが活発化しつつある。
エネルギー安全保障は「自国で守る」から「地域で支える」へ
ASEANでは1990年代からエネルギー分野での協力を進めてきたが、近年は、国境を越えてエネルギーを融通する仕組みづくりへ重点がシフトしている。その代表例が、加盟国が送電線を接続して電力を融通する「ASEAN電力網(ASEAN Power Grid: APG)」である。2024年時点で優先プロジェクト18件のうち8件が完了した。半島マレーシア・シンガポール、半島マレーシア・タイ、タイ・ラオスなど地理的に隣接する二国間の連系を中心に整備が進む一方、島嶼部では、海底送電ケーブル整備に伴う建設コストや技術的難易度の高さなどから、進捗は限定的である。
2022年にはASEANにおける初めての多国間越境電力取引プロジェクトとして、ラオス・タイ・マレーシア・シンガポール電力統合プロジェクト(LTMS-PIP)が本格稼働した。ラオスの水力発電を、タイとマレーシアを経由してシンガポールへ供給する事業だったが、現在は、マレーシアからの供給も含む多方向での取引となっている (注・シンガポールは輸入のみ)。
2025年10月には、今後5年間のASEANエネルギー政策の指針となる「ASEANエネルギー協力行動計画(ASEAN Plan of Action for Energy Cooperation: APAEC)2026-2030」が採択された(第1表)。従来の個別のインフラ整備にとどまらず、域内の連結性やエネルギー安全保障、脱炭素への移行期における石油・ガス・石炭の管理などについて、制度整備や資金調達など一体的に進める方針が打ち出された。あわせて、APGの協力枠組みも15年ぶりに刷新・拡張され、従来の二国間の連系を前提とする送電線整備・電力融通の協力枠組みから、多国間電力取引の構築を目指す新たな段階に入った。
石油備蓄も共同対応へ
ASEANは、1986年に「ASEAN石油安全保障協定(ASEAN Petroleum Security Agreement: APSA)」を締結し(注) 、2009年の改訂(2013年発効)では、緊急時の情報共有や石油融通のための具体的な手続きを整備した。また、各国に石油備蓄の強化を促しているものの、備蓄制度の整備や備蓄水準は各国の判断に委ねられているため、備蓄能力には大きな差がある。タイでは、政府・民間保有分を合わせて100日前後を確保する一方、多くの加盟国は20~30日程度にとどまり、実際に加盟国間で石油融通が行われた例はまだない。
(注・1986年時点のASEAN加盟国は6カ国(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ)。2009年の改定時にはこれにカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムを加えた10ヵ国)
2026年2月末以降の中東危機を契機に、域内における共同備蓄・緊急対応体制の強化が改めて議論されている。4月に開催された特別ASEANエネルギー相会議(ASEAN Ministers on Energy Meeting: AMEM)(オンライン)では、加盟国が2025年10月のAMEMで承認したAPSA(改訂版)の国内批准手続きを急ぐ必要性が確認された。APSA(改訂版)は、石油だけでなく天然ガスを含む地域のエネルギー安全保障強化を目的としており、加盟国が送電線を接続して電力を融通する「ASEAN電力網(ASEAN Power Grid: APG)」や「ASEAN横断ガスパイプライン(Trans-ASEAN Gas Pipeline: TAGP)」との連携強化などが盛り込まれている。
5月のASEAN首脳会合では、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)を中心に戦略共同備蓄の調査やロードマップの策定に着手することが決定した。

