答えのない問いに
私たちができること
世界では今なお、戦争や紛争が続いている。目黒氏は、「ロジック」、すなわち共有された基準が重要になると指摘する。
「何が許され、何が許されないのか。その基準をあらかじめ持っていなければなりません。基準があるからこそ、行き過ぎそうになった時に立ち止まることができるのです」
ただし、立場や価値観の異なる国家同士で基準を共有するのは容易ではない。CSWの場でも、各国の主張が激しく対立することは少なくなかった。
「『日本代表』として発言する以上、自由に自分の意見だけを言うことはできませんでした。ただ、会議室の外では本音で議論を重ね、折衷案を探っていく。ネゴシエーションとは、そういう積み重ねなのです」
また、目黒氏は仮に基準が破られた時には、それを決して見過ごしてはならないと断言する。
「違反は違反として指摘する。その前提が崩れれば、ネゴシエーション自体が成立しなくなります」
今後、AIの進展により、他者の「ロジック」は、「理屈」として切り捨てられてしまうのではないかという危機感もある。だが、目黒氏は「未来には、明かりがある」と言い切る。
「今はインターネットを通じて、国境を越えた多様な価値観に触れられます。若い世代には様々な経験を通じて〝考えられる〟ことを楽しんでほしい。日常の中で違和感を覚えた時に、それを見過ごさず、『なぜそうなっているのか』を考える。その積み重ねが、社会のあり方を問い直すことにつながります。
誰かがやってくれると思っている限り、社会は変わりません。WPSをより浸透させるために『誰が』アクセルを踏むべきか、と問われることもありますが、その発想自体が違います。『誰か』ではなく、自分がどうするか、です」
こうした姿勢は、「平和」という言葉の捉え方にも通じる。
「かつてアメリカの友人に『平和』とはどういう時に使う言葉か問われ、『戦争をしていない時』と答えると『違う』と言われました。たしかに、撃ち合いをしていないからといって『平和』とは限らず、状況や規模によっても捉え方は全く異なります。私自身、平和とは何か、今でも考え続けています」
誰かが定義した「平和」に従うのではなく、自分で考え、あらゆる視点から問い直し続ける。その営みこそが、平和を支える土台となるのではないだろうか。
