人生には忘れられない風景がある。今回のカリブ海クルーズで私が見た風景も、その一つになるだろう。この旅には理由があった。
大腸がんの治療を終え、ようやく日常が戻ってきた。そこで商社時代の後輩たちと、ささやかな寛解祝いの旅に出ることにした。
行き先はカリブ海だった。しかし私を待っていたのは、美しい海よりも奇妙な光景だった。
光の船
深夜11時。「MSC World America」はキューバ東端の沖合を航行していた。船内ではホワイトパーティが開かれていた。
プールサイドには大音響の音楽が流れ、数千人の乗客が酒を飲み、踊り、歓声を上げている。ライトは夜空を照らし、船全体が巨大なイルミネーションのように輝いていた。私は船内を歩きながら、この巨大な船をひとつの国家のように感じていた。
レストラン、劇場、ショッピングモール、カジノ、24時間止まらない空調、無尽蔵に供給される食事、ステーキ、ロブスター、ワイン、シャンパン……、人類はここまで豊かになったのかと思った。
だが同時に、別の風景も見えていた。
電動車椅子、歩行器、糖尿病患者向けメニュー、補聴器、人工関節、曜日ごとに薬を仕分けしたケース……、乗客の1割近くは車椅子利用者ではないかと思えた。
しかも彼らは貧しい人々ではない。高級時計を身につけ、高級ワインを飲み、高価なスイートルームに泊まる富裕層である。
朝から食べる、昼から飲む、夜はショーを見る、そしてまた食べる……。やることがないわけではない。だが、どこか倦怠感が漂っていた。
私は思った。これはアメリカ資本主義の終着駅なのだろうか、豊かさが極限まで進んだ社会の一つの到達点なのだろうか……。
闇の島
その時だった。デッキの手すり越しに南の海を見ると、黒い島影が浮かんでいた。キューバだった。
船は煌々と光り輝いている。だが、島には灯りがない。145キロしか離れていない。しかし文明としては何光年も離れているように見えた。
船上ではシャンパンが開く。
島では停電が続いている。
船上ではホワイトパーティ。
島では暗闇の夜。
その対比はあまりにも鮮烈だった。しかも、この海域にはもう一つの歴史が眠っている。グアンタナモである。1903年の米キューバ条約によって永久租借された米軍基地。そして対テロ戦争の時代には収容所として世界に知られた場所だ。
豪華客船の歓声の向こうにグアンタナモがある。その先には停電するキューバがある。
革命、冷戦、テロとの戦争、そして資本主義。20世紀と21世紀の歴史が、この狭い海峡に折り重なっていた。
モア鉱山の記憶
私は若い頃、この島を数字で見ていた。ニッケル価格、コバルト価格、埋蔵量、輸出量、キューバ北東部にあるモア鉱山……。世界有数のニッケル・コバルト鉱床である。
商社マンだった私は、その資源の輸入に関わった。当時の私にとってキューバとは資源だった。価格表の中に存在する国だった。だが、半世紀近くを経て、私は初めてキューバを風景として見た。闇の中に浮かぶ島として。
その北側を豪華客船で通過しながら、私は妙な感慨に襲われた。若い頃、私は資源の流れを追っていた。今は文明の流れを見ている。そして、そのどちらも結局は人間が作ったものだった。
