2026年6月13日(土)

山師の手帳~“いちびり”が日本を救う~

2026年6月13日

84歳の友はなぜ急に老いたのか

(Aliyev Alexei Sergeevich/gettyimages)

 しばらく隣人の井上さん(仮名)の姿を見かけなかった。毎日のように散歩で顔を合わせていた人である。夕方になると近所を歩きながら世間話をし、私が海外から帰れば土産話を肴に缶ビールを飲む。そんな関係がもう何年も続いていた。

「最近、井上さん見ないな」。家内に聞くと、「老人ホームに入られたみたいよ」と言う。

 胸騒ぎがして、私は面会に出かけた。久しぶりに会った井上さんは、別人のようだった。入所してまだ1カ月だというのに12キロも痩せていた。肩は落ち、足は細くなり、歩くのもつらそうだった。

 だが頭はしっかりしていた。会話も昔と変わらない。それだけに私は驚いた。5年前まで毎日元気に歩いていた男が、なぜこんなにも急に老いてしまったのだろうか。

病気ではなく気力が人を衰えさせる

 井上さんは新潟から上京した叩き上げの経営者だった。職を転々としながら働き、建設会社を興して成功した。昭和という荒波を自力で泳ぎ切った男である。人柄も良い。運も強い。苦労も知っている。

 そんな人が、「もう十分生きたよ」と静かに言った。

 私は言葉を失った。確かに癌はある。狭心症もある。しかし、医師から余命宣告を受けたわけではない。胃腸も呼吸器もまだ動いている。にもかかわらず、生命力そのものが小さくなっているように見えた。

 私は大腸癌になり、肝転移、肺転移を経験した。4度の手術を受けた。その過程で強く感じたことがある。人間を最後に支えるのは薬でも手術でもない。気力である。生きたいという意思がなくなった時、人は急速に衰える。老化とは年齢ではない。

 気力の低下なのだ。

老人ホームという静かな終着駅

 もちろん老人ホームを否定するつもりはない。家族にとっても本人にとっても大切な社会インフラである。だが、成功した経営者にとって、自宅を離れることは想像以上の意味を持つ。自宅は自分の城である。

 起きる時間も食べる時間も自分で決める。ところが、施設では生活が管理される。安全で快適だ。しかし、刺激は少ない。戦場だった人生から静かな港へ移るのである。

 私は世界中の鉱山を歩いてきた。山師という仕事は常に問題との格闘だった。

 井上さんも同じだったはずだ。現場のトラブル。資金繰り。人間関係。納期。人生そのものが戦いだった。だからこそ、何もしなくてよい環境は、ときに人間から生きる理由を奪う。

「もう十分生きたよ」の重み

 私は井上さんに社長時代の話を聞いた。すると目が輝いた。若い頃の苦労話。職人たちとの思い出。会社を大きくした頃の話。2時間近く話が続いた。その瞬間だけは昔の井上さんだった。

 ところが話が途切れた時、彼はぽつりと言った。

「中村さん、俺はもう十分生きたよ」

 その言葉には絶望がなかった。愚痴もなかった。ただ静かな納得があった。人生をやり切った男だけが持つ諦観だった。私はその言葉の重さを噛みしめていた。


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