2026年4月18日(土)

山師の手帳~“いちびり”が日本を救う~

2026年4月18日

 2026年3月、京都・智探庵(ちたんあん)の窓から眺める景色は、例年にも増して輝いて見える。3月3日、私は右肺に残っていた最後の腫瘍を切除した。ステージ4のガン。普通であれば「余生」という守りの姿勢に入る宣告だが、私は今、賀茂川のほとりを毎日6000歩、軽やかに歩いている。

 稀有な金属を求めて世界116カ国、紛争地から辺境までを駆け巡ってきた「山師」としての本能だろうか。死線を見つめる「ガンファイター」の眼前に広がったのは、絶望ではなく、京都という街が内包する圧倒的な「レジリエンス(回復力)」の正体だった。

 病を乗り越えた私の回復力と、応仁の乱以来、幾度もの灰燼から立ち上がってきた京都の伝統。そこには、一つの専門性に固執しない「マルチタスクな知性」という共通の生存戦略が隠されている。

春の鴨川(annhfhung/gettyimages)

ガンに負けない発想とは何か?

 ガンという病は、往々にして人を「患者」という単一のカテゴリーに閉じ込める。しかし、ガンに負けない発想とは、自己を多層化することにある。これは、私が長年扱ってきた「インジウム」や「ガリウム」といったレアメタルの市場構造にも似ている。特定の用途に依存する金属は、代替技術の出現で一気に暴落するが、多方面のハイテク分野に食い込んでいる金属は、供給ショックさえも成長の糧に変える。

 先日、上七軒の夜をご一緒した「老松」の当主であり、弘道館を拠点に茶人として活動する太田達氏(弘道館URL)との対話は、まさにその確信を深めるものだった。太田氏は菓子職人でありながら、文化人類学から感性情報学、循環型社会システムまでを網羅する、恐るべきマルチタスクの体現者だ。

 彼が立命館大学で説く「京都文化の再構築」は、単なる伝統保存ではない。多岐にわたる学問領域を往来し、既存の枠組みを壊しながら新たな価値を編み出す作業だ。私の闘病も同じだった。医師の言葉を鵜呑みにする「受け身の患者」ではなく、金属トレーダーとしての需給分析能力を自らの体細胞に向け、投資家としてのリスク管理で治療法を選択する。自己を多層化し、一つの役割に固執しないことで、ガンは「克服すべきマーケットのリスク」へと変貌したのだ。

デュアルライフが発想を豊かにする

 私は現在、東京と京都を往復するデュアルライフを謳歌している。この物理的な移動こそが、発想を硬直化させないための「脳の揺さぶり」装置だ。

 東京は、いわば「スポット市場」の街だ。分単位で変動する株価やレアメタルの国際価格、世界経済の動悸がダイレクトに伝わる。一方で京都は、千年単位の「長期契約」の街である。下鴨神社の静寂を歩き、植物園で盆栽の枝ぶりに「時間の堆積」を見る。この180度異なる時間軸を頻繁に行き来することで、脳内には常に火花が散る。

 ガンの手術後、1カ月ぶりに智探庵へ戻ったとき、京都の空気は私の肺に「再生」のシグナルを送った。一つの場所に留まれば、思考は淀み、病魔に意識を乗っ取られやすくなる。二つの拠点を持つことは、二つの異なる人生を同時に生きることであり、その「差異」から生まれるエネルギーが、細胞の修復を加速させる。移動距離は、レジリエンスの強度に比例するのだ。

専門性を拡大することで豊かな生活が楽しめる

 太田達氏の知の広がりは、まさに京都人の「密かな楽しみ」の極致と言える。対話の中で彼が語った「食料農業経済から見た和菓子の原材料供給網」の話は、私のレアメタル戦略と驚くほど共鳴した。茶の湯という伝統の極北にいながら、ウェブ情報学やサービス情報学を駆使して「感性」をデジタル化しようとするその姿勢。それは、一つの山を極めるために、あえて全ての谷を歩き、地質を調べ尽くす行為に他ならない。

 現代社会は効率を求め、最短距離で特定の専門家になることを推奨する。しかし、そんな単線的な生き方は、予期せぬ変動に対して極めて脆い。

 私はレアメタルのパイオニアとして生きてきたが、同時に投資、執筆、健康管理、そして京都の街歩きに心血を注いできた。専門性を拡大することは、人生の「リスクヘッジ」であり、同時に「接地面」を増やすことだ。接地面が増えれば、転んでもすぐに別の知性がクッションとなり、起き上がることができる。あるいは、転んだ先で新しい鉱脈(アイデア)を見つけることができるのだ。


新着記事

»もっと見る