鎌倉で再会した「強かった男」
先日、大学時代の友人を鎌倉の自宅に見舞った。彼は学生時代、空手部の副将を務めた猛者だった。道場では誰よりも声が大きく、突きも蹴りも鋭かった。私たちは若さを信じ、身体は鍛えればいくらでも強くなると思っていた。
その彼が5年前、自転車事故で頭を強く打ち、その後に脳梗塞を発症した。手術で一命は取り留めたものの、半年以上の入院生活を余儀なくされ、自宅に戻ってからも半身不随となった。言葉も思うように出ず、長い間、会話さえ不自由だった。
それでも彼は毎月開いている大学時代の仲間とのZoom会議に欠かさず参加してくれた。少しずつ表情が豊かになり、言葉も戻ってきた。その努力には心から敬意を抱いている。
しかし、目の前の彼を見て私が最も衝撃を受けたのは、筋肉の衰えだった。歩けない時間が長かったため、逞しかった脚は驚くほど細くなっていた。立ち上がることも容易ではなく、リハビリに通っているものの、筋肉を取り戻すには長い時間が必要だという。
私は、その姿に「老いの本当の敵は病気だけではない」と教えられた。私もまた、5度の手術を乗り越えた。私も、この2年間で5回のがん手術を受けた。
大腸がんステージ4から始まり、肝臓、左右の肺へと転移し、そのたびに手術を受けた。退院直後は200歩歩くだけで息が切れた。それでも毎日歩き続けた。5000歩、6000歩、時には1万歩近く歩く日もある。
睡眠を改善し、頻尿を克服し、いびきや睡眠時無呼吸とも向き合ってきた。満身創痍だった身体は、ようやく免疫力を取り戻し始めている。
そして今、新たな課題が見えてきた。それは筋肉である。
フレイルは静かに人生を奪っていく
「フレイル」という言葉をよく耳にする。加齢に伴い、筋力や体力、心身の機能が衰え、要介護へ向かう前段階をいう。病気だけが原因ではない。歩かない。外へ出ない。人に会わない。すると筋肉は驚くほど速いスピードで減少する。
筋肉が減ると基礎代謝が落ちる。代謝が落ちると免疫力も低下する。転倒しやすくなり、さらに歩かなくなる。この悪循環こそが、高齢者を苦しめる「フレイル・スパイラル」である。
筋肉は最大の臓器である
最近読んだ『筋肉が全て』(ダイヤモンド社)という本に、印象深い一節があった。
「健康の要は良好な代謝にある。筋肉が増えれば身体の構造だけでなく代謝そのものが変わる」
私はこの言葉に深く共感した。若い頃は筋肉を「力」としか考えていなかった。しかし、70代後半になって分かった。筋肉は免疫であり、代謝であり、長寿そのものなのである。がんを寛解した今、再発を防ぐためにも、私は筋肉を育て直したいと思っている。
身体は姿勢から変わる
最近は散歩だけではなく、整体師の先生にも定期的に身体を診てもらっている。がんの手術を重ねた身体は、自分では気づかないうちに姿勢が崩れ、左右の筋力のバランスも乱れていた。
そこで今取り組んでいるのが、姿勢矯正、バネ指の改善、そして「第2の心臓」と呼ばれるふくらはぎの筋力強化である。
姿勢が整うと呼吸が深くなり、歩幅も広がる。ふくらはぎを鍛えると血液循環が改善し、長く歩いても疲れにくくなる。手指の動きが滑らかになると、日常生活そのものが楽になる。
若い頃は筋力だけを意識していた。しかし今は違う。筋肉、姿勢、柔軟性、そしてバランス。この4つが揃って初めて、高齢者の身体は本当の意味で機能するのだと実感している。
私はダンベルを握ることにした
そこで私は、新しい挑戦を始めることにした。自宅でダンベルを使った筋力トレーニングである。まずは2キロ程度の軽いダンベルから始め、肩や腕を鍛える。そして5キロ程度のダンベルを使い、脚や背中、体幹を少しずつ強化していくつもりだ。
特に取り組みたいのが、ダンベルを胸の前で抱えて行うスクワットである。スクワットは「キング・オブ・トレーニング」と呼ばれるほど効果が高い。太ももやお尻だけでなく、体幹まで同時に鍛えられる。高齢者にとっては、立ち上がる力や歩く力を維持し、転倒を防ぐためにも極めて有効だ。
少し重さを加えるだけで筋肉への刺激は大きく変わる。歩くだけでは維持できない筋肉を、スクワットは取り戻してくれる。もちろん無理はしない。78歳になって競技選手を目指すわけではない。
目標は、80歳になっても自分の足で歩き、旅を続け、孫と遊び、京都の街を散策できる身体をつくることである。
人生最後の投資先
若い頃の私は、世界中を歩き回り、鉱山やレアメタルを追い続けてきた。今は違う。歩く理由は、自分の身体を守るためである。がんは私に「命の大切さ」を教えてくれた。そして友人は、「筋肉を失うこと」の怖さを教えてくれた。だから私は、今日も歩く。姿勢を整え、スクワットをし、ダンベルを握る。それは筋肉を鍛えるためだけではない。
人生を最後まで、自分の足で歩き続けるためである。人生最後の資産は、お金ではない。最後まで歩き続けられる筋肉である。
