静かな微笑みだけが、そこにあった
5月、私は滋賀県湖北の向源寺を訪れた。その時の目的は、ステージ4の大腸がんから寛解したことを、国宝・十一面観音に報告することだった。
5度にわたる手術を乗り越え、「ここまで生かしていただき、ありがとうございました」。ただその一心で観音さまの前に立った。柔和なお顔を見上げていると、不思議なくらい心が軽くなったことを今でも覚えている。
7月になって、定期CT検査の日がやってきた。診察室で医師が静かに示した画像には、両肺の小さな影が前回より増えていた。幸い、すぐに治療を始める段階ではなく、慎重な経過観察という判断だった。しかし、「寛解」という言葉を心の支えにしてきた私にとって、その知らせは決して小さなものではなかった。
人は覚悟しているつもりでも、現実を前にすると心は揺れる。その夜は眠りが浅く、何度も目が覚めた。朝になって私が向かったのは病院でもなく、仕事場でもなかった。
湖北だった。誰かに勧められたわけではない。自然に、もう一度観音さまに会いに行きたいと思ったのである。夜明け前の京都を出発し、琵琶湖の北へ車を走らせる。
湖面を渡る風は穏やかで、田には青々とした稲が揺れていた。最初に向かったのは向源寺。国宝・十一面観音は、5月と何ひとつ変わらぬお姿で迎えてくださった。
私は静かに手を合わせた。言葉はほとんど浮かばなかった。ただ、その場に立っているだけで十分だった。石道寺へ向かう。小さな山里にたたずむ観音さまは、飾らない素朴な優しさを湛えている。己高閣では、長い歳月を生き抜いてきた仏たちが静かに人々を見守っていた。
そして最後に鶏足寺を訪れた。石段をゆっくり登りながら、私は思った。病とは、人生を止めるものではない。人生を立ち止まらせるものなのだと。立ち止まるからこそ見える景色がある。聞こえる風の音がある。気づかなかった人の優しさがある。そして、自分の心の動きにも耳を澄ませることができる。
4つの寺を巡っても、肺の影が消えるわけではない。検査結果が変わるわけでもない。それでも、この巡礼には確かな意味があった。
観音さまは何も語られない。「大丈夫ですよ」と励ますこともなければ、「必ず治ります」と約束されることもない。ただ、1000年もの間、変わらぬ微笑みで人々を迎え続けてこられた。
その静けさが、揺れる心を少しずつ整えてくれる。病を前にすると、人は未来ばかりを考えてしまう。次の検査はどうなるのか。影は大きくなるのか、小さくなるのか。そんな答えのない問いを繰り返してしまう。
しかし、観音さまの前に立っていると、不思議と未来への執着が薄れていく。大切なのは、まだ見ぬ明日ではなく、今日という1日なのだと教えられる。4つの寺を巡り終え、最後にもう一度、向源寺の十一面観音の前に立った。
5月にお会いした時と、そのお顔は何ひとつ変わっていない。静かな微笑みだけが、そこにあった。私は手を合わせた。何を願ったのか、自分でもよく覚えていない。
病が治ることを願ったのか。穏やかな日々を願ったのか。あるいは、ただ感謝を伝えていたのか。しばらく目を閉じていると、不思議なくらい心が静かになっていった。十一面観音は、1000年ものあいだ、人々の喜びも悲しみも、別れも祈りも、そのすべてを静かに見つめ続けてこられた。
戦乱の世に子の無事を願った母も、飢饉を生き抜いた農夫も、病床で命を祈った人も、そして今日ここに立つ私も、その長い祈りの中では等しく1人の旅人に過ぎない。
だからなのだろう。観音さまは何も語られない。慰めも、約束も、戒めさえもない。ただ、人知を超えた静かな微笑みをたたえ、変わることなくそこにおられる。その微笑みは、「苦しみは消える」と語っているのではない。
「苦しみを受け入れなさい」と教えているのでもない。
もっと深く、もっと静かに、「そのままでよい」
そう語りかけられているように思えた。答えを急がなくてもいい。未来を恐れなくてもいい。ただ、今日という1日を丁寧に生きればよい。山門を出ると、湖北の風が青田を渡って吹いていた。
その風は千年前にも吹き、これから千年先にも吹き続けるのだろう。人の命は、その風に比べればあまりにも短い。だからこそ、1日1日が、かけがえのないものになる。
私は振り返らなかった。観音さまは追いかけて来られることも、引き留められることもない。ただ静かに微笑み続けておられる。その微笑みを胸に、私はまた歩き始めた。生きるとは、未来を案じ続けることではない。
今日という1日を静かに受け取り、その1日を大切に歩いていくことなのだ。
