「まずは数時間ボーッと、ただアリたちを眺めろ」
村上さんには、日進月歩の研究生活を続ける上で、支えとなっている言葉がある。北海道大学院生時代の恩師、東正剛教授が語った言葉だ。
東教授は、「まずは数時間ボーッと、ただアリたちを眺めろ」と言った。するとアリの行動パターンが見えてくる。それを頭に叩き込み、次に言語化し、それからスケッチを描け、と
「最新テクノロジーを使った行動観察は、それはそれで重要なんですが、どれだけAIが進んでも、言語化による価値体系作りは欠かせません。AI自体は我々の世界を認識したいわけではありませんからね。ですから私はアナログな観察を、まず研究の基盤としています」
タイトルにある「アリのおしゃべり」、アリの音響コミュニケーション研究に、村上さんは14年前から優先的に取り組んでいる。
主な対象は、やはりアリの中でもっとも複雑・多様な社会を作るハキリアリである。15分で7700回もしゃべる個体もいるくらいだからだ。
柔らかなマメ科の葉を切る時は「ドゥルドゥル」、余り好きではないオトギリソウの葉では「キュキュキュ」、ピンセットで挟まれると「キキキキキ」、幼虫の世話をしている時は「ギュンギュンギュン」……。
―― アリの発声器官は、胸部と腹部の間にある腹柄節の一部と、腹部の一部の摩擦器。それをこすり合わせることで音を発する?
「そうです。実は、アリの聴覚器官はまだあまり解明されていません。現在、
―― これまで、アリのコミュニケーションはフェロモンや臭いが主体とされてきました。でも村上さんは、音響コミュニケーションの方がメインではないかと問題提起された?
「ハキリアリで、音を阻害したグループの作るキノコ畑と、フェロモンを阻害したグループの作るキノコ畑を比べてみました。そしたら音響阻害グループのキノコ畑の方が格段に小型化していました」
とすれば、これも「大発見」ではないか。
―― 学会での、その反響はどうだったんですか? フェロモンより音響コミュニケーションの方が重要と、証明したわけですよね?
「(笑) そう簡単にはいきません」
欧米には昆虫界の「重鎮」がそれぞれ存在する。新たな知見に対しては反論や批判が止むことがない。論文一本を通すのに平均3年かかるので、「フェロモンより音響コミュニケーションは、さらに数年でしょう」と。
―― アリは勤勉の象徴ですが、サムライアリはクロオオアリの巣を乗っ取って幼虫を食べますし、ヤドリウメマツアリはウメマツアリに夫婦で寄生したりします。乗っ取り種や寄生種が以外に多いと感じたのですが?
「乗っ取り、寄生は人間社会では非難されます。でもアリの社会では、
―― いいんでしょうか、そんな不公平?
「アリ社会はそのやり方で5000万年続いてきた、というのが答でしょうね。そこから人間として何を学ぶか、ですよね」
