2026年9月30日(水)

オトナの教養 週末の一冊

2026年9月30日

「まずは数時間ボーッと、ただアリたちを眺めろ」

 村上さんには、日進月歩の研究生活を続ける上で、支えとなっている言葉がある。北海道大学院生時代の恩師、東正剛教授が語った言葉だ。

 東教授は、「まずは数時間ボーッと、ただアリたちを眺めろ」と言った。するとアリの行動パターンが見えてくる。それを頭に叩き込み、次に言語化し、それからスケッチを描け、と

「最新テクノロジーを使った行動観察は、それはそれで重要なんですが、どれだけAIが進んでも、言語化による価値体系作りは欠かせません。AI自体は我々の世界を認識したいわけではありませんからね。ですから私はアナログな観察を、まず研究の基盤としています」

 タイトルにある「アリのおしゃべり」、アリの音響コミュニケーション研究に、村上さんは14年前から優先的に取り組んでいる。

 主な対象は、やはりアリの中でもっとも複雑・多様な社会を作るハキリアリである。15分で7700回もしゃべる個体もいるくらいだからだ。

 柔らかなマメ科の葉を切る時は「ドゥルドゥル」、余り好きではないオトギリソウの葉では「キュキュキュ」、ピンセットで挟まれると「キキキキキ」、幼虫の世話をしている時は「ギュンギュンギュン」……。

―― アリの発声器官は、胸部と腹部の間にある腹柄節の一部と、腹部の一部の摩擦器。それをこすり合わせることで音を発する?

「そうです。実は、アリの聴覚器官はまだあまり解明されていません。現在、北海道大学の研究者と共同で研究を進めていて、主に脚に2カ所聴覚器官があり、地面などの振動を感知しているかもしれないことを明らかにしています」

―― これまで、アリのコミュニケーションはフェロモンや臭いが主体とされてきました。でも村上さんは、音響コミュニケーションの方がメインではないかと問題提起された?

「ハキリアリで、音を阻害したグループの作るキノコ畑と、フェロモンを阻害したグループの作るキノコ畑を比べてみました。そしたら音響阻害グループのキノコ畑の方が格段に小型化していました」

 とすれば、これも「大発見」ではないか。

―― 学会での、その反響はどうだったんですか? フェロモンより音響コミュニケーションの方が重要と、証明したわけですよね?

「(笑) そう簡単にはいきません」

 欧米には昆虫界の「重鎮」がそれぞれ存在する。新たな知見に対しては反論や批判が止むことがない。論文一本を通すのに平均3年かかるので、「フェロモンより音響コミュニケーションは、さらに数年でしょう」と。

―― アリは勤勉の象徴ですが、サムライアリはクロオオアリの巣を乗っ取って幼虫を食べますし、ヤドリウメマツアリはウメマツアリに夫婦で寄生したりします。乗っ取り種や寄生種が以外に多いと感じたのですが?

「乗っ取り、寄生は人間社会では非難されます。でもアリの社会では、フリーライダーを排除するのは高コストとして、それほど真剣には対策を打っていません。」

―― いいんでしょうか、そんな不公平?

「アリ社会はそのやり方で5000万年続いてきた、というのが答でしょうね。そこから人間として何を学ぶか、ですよね」

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