勝利と育成の両輪を回す
科学が変える指導のあり方
野球道を現代の視点で問い直した桑田さんは、その考えを現場での選手育成に実践している。
「昔の指導者が悪かったと言いたいわけではありません。当時はそれが正しいとされていた指導法だったはずだからです。でも、時代は変わっています。今の選手たちは自分で納得してないと『やらされる練習』はやりません。だから指導者も変わらなければいけないんです」
桑田さんが指導でも重視するのは、「サイエンス」の視点だ。
「昔は感覚や経験だけでも指導できました。でも今は技術が進歩して、昔は見えなかったものが可視化できる。そこでデータを積極的に活用して、動画や画像、数値で示しながら指導することを心がけています。大事なことは、〝納得感〟なんです」
読売巨人軍二軍監督の時には従来とは異なる組織づくりを目指した。
「それぞれのコーチに対して、『君たちは各分野のスペシャリストであり、リーダーだ』と伝えました。僕は最終的なリーダーなので、練習メニューやスタメンはみんなで相談して決めるようお願いしました」
しかし、最初は誰も監督に対して意見を言わなかったという。
「僕の顔色をうかがったり、『監督が決めてください』と言うんです。野球界はトップダウンの伝統が残っています。『今の時代でもこうなのか』と思いました。だからこそ、まずは任せることから始めました」
桑田さんはコーチ陣と数字を基に対話を重ねた。例えば、「年間350打席」を目標とする若手選手の起用法では、現在の打席数やコンディションをデータで分析して「このままでは夏場以降に負担が大きくなるのでは」とアドバイスする。視点が異なるコーチがいれば、別の分析方法を提案して指導法をすり合わせる。感覚に頼らず根拠を共有することで、コーチ陣も目先の勝利だけではなく「1年を通じた育成」という視点を共有できるようになった。
「これらの取り組みを続けると、コーチの方から主体的にデータを用いて説明してくれるようになる。今まで『やらされていた』ものが、やりがいや楽しさを見つけ、自分で考えて行動できるようにどんどん変わっていったんです」
コーチ陣の変化は選手にも伝播する。選手とコーチとの対話が増え、前向きなチームに成長した。だからこそ桑田さんは、「勝利」と「育成」は対立するものではないと考える。
「勝つことはもちろん大事ですが、プロセスも同じくらい大事です。 勝利を目指しながら、プロセスも大事にする。〝勝利と育成の両輪〟を回す手応えを実感できました」
「野球が〝雑〟になっている」
科学的な視点ならではの提言
長年、野球界では「勝利至上主義」「厳しい指導こそ人を育てる」という考え方が根強く残ってきた。それ自体が〝目的化〟していたと言っても過言ではない。しかし、時代は変化している。桑田さんは、現在の野球界をどう見ているのだろうか。
「最近、『巧打者』とか投球術でアウトの取れるピッチャーがいなくなっています。誤解を恐れずに言うと、日本の野球が〝雑〟になっているように感じるのです」
桑田さんはパワーとスピードを過度に追求する現代の野球スタイルに慎重な姿勢を示している。
「チームには様々なタイプの投手がいるのに、どの投手も球速アップを目指しています。でも、打者は1試合で3打席も打席に立てば球速に慣れてくる。本来、投手の役割は、速い球を投げることではなく、アウトを取ることです。目的と手段が逆になっているのではないかと思います。打者なら、相手投手の球を守備がいない場所にどう打つか。投手なら、少ない球数でどうやってアウトを取るか。そこには技術や駆け引きがあります。そういう部分が軽視されているように感じます」
