2026年8月9日(日)

日本人が知っておきたい安全保障レッスン

2026年8月9日

「抑止力」と「対処力」

 自国が戦争による被害を受けないようにするには、①紛争を話し合いで解決する、②相手が「武力による紛争解決」を志向しても、実際に行動に出ることを思いとどまらせる、③相手が実際に戦争を仕掛けてきた場合には相手を撃退する、といったことが考えられる。①には外交力、②には抑止力、③には対処力が必要となる。

 もちろん外交による解決が最も望ましいが、相手があることなので成功するかは分からない。相手の主張をすべて応諾すれば紛争は解決するが、それでは自国の国益が損なわれる。そして、もし交渉が決裂した場合には相手が武力に訴えるのを防ぐ必要がある。その際に有効なのが抑止力である。

 防衛白書によれば、抑止とは「相手が攻撃してきた場合、軍事的な対応を行って損害を与える姿勢を示すことで攻撃そのものを思いとどまらせる」ことをいう。平易な言葉で言えば、「私たちを攻撃したら痛い目を見るぞ。だからやめておけ」ということだ。

自衛隊陸上訓練の様子(防衛省統合幕僚監部HPより)

 ここでのポイントは「痛い目を見るぞ」という姿勢を見せる必要があること、そして、あくまで目的は相手が武力に訴えようとするのを翻意させる点にあるということである。交渉が決裂した相手の意思を変えさせるのだから並大抵のことではない。「痛い目を見るぞ」というのが口先だけではなく、真実味を帯びなければならない。

 つまり、「もし戦争になった時には、あなたたちを撃退する力があるぞ」という対処力を備えていることが必須である。抑止力と対処力は表裏一体のものであり、それを担うのが軍隊だと言える。戦争をするためではなく、それを回避する抑止力として軍事力が用いられるのだ。

相互補完関係にある「外交力」と「軍事力」

 紛争を話し合いで解決しようとすることや、交渉決裂後も「武力には訴えるな」と口頭で説得することは軍隊がなくとも可能かもしれない。しかし、相手がそれでも「武力による紛争解決」を志向した際に、その対処は軍隊にしかできない。軍隊は非代替的なものなのだ。

 また、そもそも交渉を成功させるためには口達者であることだけでは足りず、何らかの力による裏付けが必要だろう。大国と小国との交渉が完全に対等に為されるということはない。経済や文化などのソフトパワーと同様に軍事力も交渉を下支えする助けになる。2022年に策定された「国家安全保障戦略」では「防衛力は、我が国に望ましい安全保障環境を能動的に創出するための外交の地歩を固めるものとなる」という記述があるが、「外交の地歩を固める」とはこのような意味である(「防衛力」は本稿でいう軍事力と同義)。

 もしあなたが「紛争が生じても相手を必ず説得できる」という信念を持ち、それを貫くのであれば非武装も採り得る選択肢だが、そこまで楽観的になれないのが政府というものである。国民の命に責任を持つ以上、「必ず説得できる」という希望的観測では心許ない。その意味で、防衛省・自衛隊は〝臆病者〟と言えるかもしれない。「もし交渉が上手くいかなければ」「もし相手が武力を行使してきたら」。最悪の状況を想定してしまうからこそ、それに備えずにはいられないのである。

 以上のとおり、外交力と軍事力は相互補完的であり、二者択一ではない。自国が戦争を仕掛けないためには軍隊がなければ良いが、戦争を仕掛けられないためにはむしろ軍隊は必須と言える。「平和のために軍隊を持つ」とは、「戦争を仕掛けられないように軍隊を持つ」「それでも仕掛けられた場合には相手を撃退するために軍隊を持つ」という意味であり、その本質は抑止力と対処力である。安全保障政策はこのような考え方を基礎として立案されている。決して「戦争を仕掛ける国、戦争ができる国にしたい」という動機ではないことは声を大にして述べておきたい。


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