2026年7月15日(水)

日本人が知っておきたい安全保障レッスン

2026年7月15日

 筆者は、防衛官僚として13年間防衛省で勤務し、今年の4月に退職した。この連載では、安全保障に関する基本的な知識や考え方(フレームワーク)をお伝えするとともに、実際の日本政府の政策を取り上げてその背景や含意について解説していきたい。
 初回である今回は私の自己紹介も兼ねて、防衛官僚として感じてきたことやなぜ退職という決断をしたかについてお伝えしたい。単なる自分語りではなく、「いま安全保障に何が必要か」にも関わる内容になっているが、まずは気楽にお読みいただきたい。

防衛官僚として感じてきたこと

 私は2013年4月に防衛省に入省した。高校進学前の春休みにイラク戦争を目の当たりにし、「世界平和に貢献したい」という想いを抱いてからちょうど10年後のことであった。時期としては前年末に民主党から自民党に再び政権が移り、第二次安倍政権が発足した直後というタイミングである。

 入省1年目から、国家安全保障会議の創設、国家安全保障戦略の策定、特定秘密保護法の制定などに末端の職員として関わり、その後も3年の間に平和安全法制の制定、防衛装備庁の発足、防衛装備移転三原則の策定、統合運用の一元化(運用企画局の廃止)などが次々に実行され、安全保障政策がスピード感をもって形作られていく様を中からみてきた。

 これまで日本において安全保障というのは、国民にとってどこか縁遠いものであり、政治家の関心も決して高いとは言えない状況だった。私は就職活動において防衛省を第1志望としていたが、就職後に上京して異業種交流会の場に顔を出した際に「君は防衛庁なんだ。珍しいね。で、第1志望はどこだったの?」と言われたことは忘れられない。

 国家の安全保障は平和な暮らしを支える究極の社会インフラであるにもかかわらず、人々からあまり注目されてこなかった。その点、第二次安倍政権によって安全保障に光が当てられ、それが強力に進められたことは、ある意味で心強いことであり、私も与えられた職責を全うすることに邁進していた。

 一方で、働いている中で不意に「この政策は国民に理解されているのだろうか」「政治や世論における議論が抽象的で上滑りしていないか」という感覚に襲われることが時々あった。ニュースで安全保障が取り上げられる機会が増えているにもかかわらず、実際の政策の内実はあまり伝わっておらず議論が噛み合っていないのではないかという危惧があった。

 例えば、2022年に策定された国家安全保障戦略では「反撃能力」を保有することが明記されたが、これは従来「敵基地攻撃能力」と呼ばれていたものである。「敵基地攻撃能力」とは敵の基地を叩くということなので、島国日本にとっては長射程打撃力のことを意味し、地理的要素に関わるものである。

 しかし、当時の議論では安全保障の観点ではなく憲法9条との観点に関心が集中し、「先制攻撃になるのではないか」という時間的要素ばかりが強調された。その結果「敵基地攻撃能力」と呼んでいたものを「反撃能力」と呼ぶことになった。「先制」ではなく「反撃」(なので憲法9条に反しない)ということである。

 だが、長射程打撃力であろうがなかろうが、侵略ではなく自衛権の行使として武力を用いる場合はすべて「反撃」であるため、ある武力を「反撃能力」と呼ぶことに特別の意味はない。安全保障に詳しくない人からすれば「反撃能力」と聞いて長射程打撃力を想起することは困難であり、この用語によって議論に混乱をきたしたり、参加しにくくしたりしている面があるだろう。


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