教養と教育の、実に都合のいい解釈
老いを迎えて、私が大切にしている言葉がある。
「教養と教育」
難しく考える必要はない。教養とは、今日、用があること。教育とは、今日、行くところがあること。要するに、好奇心を満たす予定と場所を、毎日ひとつ用意するだけだ。これが案外、効く。
山師流・笑って読む養生三カ条
そして、もう一つ。誰が言ったか知らないが、私はこのルールを守っている。
「転ぶな、引くな、義理を欠け」
転ぶな――病人が一気に寝たきりになる最大の原因は、転倒だ。
引くな――風邪を拗らせて感染症を招くのは、実に間抜けである。
義理を欠け――義理を果たして無理をする必要はない。
命より大事な義理は、そう多くない。
それでも今日を生きる理由
私はただ、今日を生きているだけだ。大仰な決意も、英雄的な覚悟もない。それでも簡単に逝かない理由は、案外シンプルなのかもしれない。やることがあり、行くところがあり、会いたい人がいる。
それで十分だ。
山師のガンファイターは、今日も歩く。
笑いながら、しぶとく。
