能登半島地震から2年が経った。内閣府「令和6年能登半島地震に係る被害状況等について」(2025年12月25日現在)によれば、人的被害が2107人(うち死者698人)、住家被害が16万5563棟にのぼる大きな地震であり、いまだ復興は道半ばである。
震災後の人命救助や復興の過程で実は重要な役割を担ってきたのが、地元の建設就業者だった。震災翌日の1月2日から24時間体制で幹線道路の復旧が始まって、順次道路啓開が進み、1月19日には孤立集落が実質的に解消されたのだが、こうした道路啓開は、自らも被災者である地元の建設就業者の瓦礫撤去をはじめとした尽力なしには不可能であった。彼らは、水、食料などが著しく不足する中で奮闘していたのである(「建設通信新聞」の「能登半島地震発災から3か月1~6」参照。2024年4月1日~9日)。
もしも彼らの奮闘がなければ、自衛隊や医療従事者が現地に到着できずに、多くの命が失われていただろう。東日本大震災でも建設就業者は同じように命の砦の役割を果たしてきた。また住家が倒壊した被災者に対する応急仮設住宅の建設も建設就業者の奮闘なしには実現できなかった。(SAGAI JOURNAL「瓦礫撤去に奮闘した建設業者」、2019年2月5日)
メディアが災害の状況や復興への動きを報道する際に、自衛隊や医療従事者の奮闘を取り上げることは多いものの、建設業従事者のそれを取り上げることは非常に少ない。さも当然のことのように考えているのだろうか。しかし、今その当然が崩れつつある。地方に建設就業者がいないのである。
復興の過程で見えてきた被災地の人命救助および復興における大きな課題として地方建設就業者の減少問題について取り上げる。
