自称モロッコ人の気弱そうな青年
7月4日。午後3時過ぎにイスタンブール新市街の急坂の狭い路地にあるPホステルにチェックインした。Pホステルは古い、狭い、汚いという三拍子そろった安宿である。2泊分前払いで予約してある。
筆者が唯一の観光客であり、他の宿泊客は外国からの出稼ぎ、トルコの田舎から来た職探し、近くの工事現場の電気工や土木作業員など。
磨り減った階段を上った4階の西日の当たる二段ベッドで荷物を整理。食べ物とビールを買うために外出しようとしたら隣のベッドの若い男が起き上がって挨拶した。
モロッコから来てPホステルに逗留しているとカタコト英語で自己紹介した。英語のレベルは3歳児程度でたどたどしい。身長175センチくらいで痩せて色白。自分はイスラム教徒でこれはコーランだとベッドの上の本を指した。
なぜか筆者の買い物についてくるモロッコ男
部屋を出ようとすると追いかけてきて「自分も一緒に行く」とついてきた。モロッコのどの都市の出身か聞くと「英語下手で……わからない」と言葉を濁した。「何を買うのか」と聞くので「食べ物」と答えるとスーパーへ案内した。パン、トマト、ソーセージを買って現金がないのでクレジットカードで払った。
モロッコ男はなぜか近くの酒屋には目もくれず離れた店に案内
「ビールを買いたい」と言う、と分かり難い路地を何度か曲がって商店が何軒か並んでいる石畳の通りに出た。一軒の店で酒類を販売していたが、モロッコ男は無視して急な坂道を100mほど上り間口の狭い酒屋に入った。主人とは顔馴染みらしく挨拶していた。主人は不愛想な中年男。
缶ビールはトルコのナショナルブランドのエフェス(EFES)500ml缶が340円。一番安い缶ビールを店の主人に聞くと「ブレーメン(Bremen)」だと指差した。
酒屋の主人のわざとらしい態度
ブレーメンは75トルコ・リラ(=285円)。クレジットカードの暗証番号を入力するときに主人が近くで見ているので、筆者が不快そうに見返すと主人は慌てて大袈裟に愛想笑いをして両手を挙げて後ろを向いた。
主人に気を取られていたので暗証番号を入力するときにモロッコ男のことは放念していた。左右の視野に入らなかったので恐らく筆者の真後ろにいたのだろう。レシートもらってふと見ると監視カメラがレジの真上にあった。
シャワーを浴びてビールを飲んで5時過ぎにはバタンキュー
日本で自宅を出たのは7月2日午後6時。羽田から経由地のバンコクへ。バンコクで20時間の乗継。イスタンブールには7月4日午前4時着陸。空港から炎天下自転車を走らせて午後3時頃ホステルにチェックインした次第。
長時間移動で疲労困憊していたのでホステルでシャワーを浴びて2段ベッドで缶ビールを飲んだら午後5時過ぎにバタンキュー、午前3時頃まで爆睡。
クレジットカードがない?
7月5日。朝11時頃買物の支払いの時にクレジットカードがないことに気づいた。ホステルに戻りベッドの周辺を探すも見当たらない。隣のベッドを見るとモロッコ男の姿がない。例のコーランと折り畳んだシャツが枕元に置いてある。モロッコ男が徹夜の仕事か何かで戻ってないのだろうと想像した。
前日に最後にクレジットカードを使った酒屋に置き忘れた可能性があると考えて酒屋に行くと髭面主人が「何も知らない」と即答した。さらに話をすると仕事の邪魔だと追い出された。咄嗟にモロッコ男と酒屋の髭面がグルではないかと疑念がよぎった。昼頃にホステルに戻るとまだモロッコ男は戻っておらず、ベッドには相変わらずコーランとシャツが置いてあった。
クレジットカードを盗んだ犯人はモロッコ男?
モロッコ男同様にホステルに長逗留しているトルコ人に聞くと「モロッコ男は昨日の夕方にホステルをチェックアウトしたよ」とのこと。コーランとシャツを枕元に置いていたのはモロッコ男の偽装だったのだ。クレジットカードは常に肩掛けポーチの中に入れて支払いの度にポーチから出し入れしていたのをモロッコ男は見ていたのだ。昨夕缶ビールを飲んで寝るときにポーチは枕元に置いていた。モロッコ男は筆者が爆睡しているのを確かめてからポーチからクレジットカードを抜き出したのだろう。
取り敢えずクレジットカード会社に差し止めを依頼
クレジットカードの使用明細をスマホでチェックすると、6月末までの日本での使用明細しか記録されていない。紛失か盗難か確証はないが、至急クレジットカードを無効にするよう家人にメールで依頼。幸い1時間後に差し止めした旨のメールが来た。
続いてクレジットカード会社にトルコでの現金引出しや買い物の使用明細を照会するように家人にメール。間もなく「クレジットカード会社には現時点でトルコでの使用明細と請求は来ていない」と家人から返信。
5年ほど前にロンドンでチンピラに囲まれてポーチを奪われた時は10時間もしないうちに『何者かがロンドン郊外のATMで間違った暗証番号で現金を引き出そうとした』という情報を家人がクレジットカード会社から聞いて連絡して来たことを思い出した。
家人に再度クレジットカード会社に照会を依頼したが、回答はやはり現時点では情報が来ていないという。トルコでの使用明細が判明したのは数日後であった。
