がん治療という言葉には、どうしても「攻め」の響きがある。強い薬、切る手術、放射線。だが、実際に何度も病室の天井を見上げる立場になってみると、勝負を決めるのはむしろ「守り」だと分かってくる。
その中でも、最も地味で、最も強力な武器が睡眠である。京都では昔から、病気も失恋も「まず寝なさい」と言われてきた。眠れば心も体も少し整う。理由は分からなくても、経験的に皆が知っていた。
今になって思えば、これは科学以前の叡智だったのだろう。睡眠は、まさに「時くすり」なのである。
子どもの頃から「眠れる体」だった
私は子どもの頃から、驚くほどよく眠る子だった。夜になると布団に入って数分で落ち、朝は「よく寝たなあ」と言いながら起きる。実家は静かで、夏は蚊帳、冬は重い布団。睡眠環境という言葉など知らなかったが、「眠る条件」は自然に整っていた。
大人になってからも、この性質は変わらなかった。商社マンとして、そして後に山師として世界を飛び回る生活は、決して楽ではない。相場の変動、契約交渉、政治リスク、資源ナショナリズム、地政学リスク。慢性的なストレス環境にありながら、私は「寝て忘れる」ことができた。
とにかく眠る。翌朝になると、前頭前野の思考が整理され、判断が戻ってくるのを実感していた。ストレスの塊のような仕事だったが、不思議と私は「寝て忘れる」ことができた。酒で紛らわすのではない。愚痴を言い続けるのでもない。
とにかく寝る。「寝る子は育つ」とは良く言ったものだ。翌朝になると、頭の中は整理され、また前に進めた。
山師にとって睡眠は生存技術だった
山師として鉱山に通うようになると、睡眠の意味はさらに変わった。中央アジア、アフリカ、南米。舗装されていない山道をジープで何日も走る。昼は砂と埃、夜は真っ暗闇。ホテルなどない。テントか粗末な宿だ。
それでも、日が落ちれば体は自然に眠りに入る。移動で疲れ切っているから、という理由もあるが、それ以上に「どこでも寝る」習慣が身についていた。どんな環境でも眠れるというのは、山師にとって立派な生存技術である。
眠れない者は、翌日も動けない。若い頃から、なぜか好きな言葉があった。
「起きて働く、くそたわけ、寝るほど楽が世にあるか!」
決して怠け者だったわけではない。むしろ人より動いてきた自負がある。ただ、この言葉の裏にある「無駄に気を張るな」「休むときは徹底的に休め」という思想が、肌に合っていたのだと思う。
再発は「運」ではなく「環境」で決まる
高齢になり、大腸、肝臓、肺とがんの転移手術を重ねた今、改めて睡眠の意味を考えるようになった。再発とは、運の問題ではない。
手術後に残る微小ながん細胞が、再び動き出す「環境」が整うかどうかの問題である。手術や抗がん剤、放射線治療は、いわば初期条件に過ぎない。本当の勝負は、退院後、白衣を脱いだ瞬間から始まる。
がん細胞が好む環境は、実に単純だ。慢性的な炎症があり、免疫の見張りが甘く、ホルモンが乱高下している体である。逆に言えば、この三つを抑えれば、再発リスクは確実に下げられる。そして、この三条件を同時に制御する鍵が「睡眠」と「生活リズム」だ。
