保安林制度は森林を保全する制度である。
1つは、保安林に指定された森林そのものの保全であって、乱伐によって森林が消失するのを防ぐことだ。そのため、伐採方法に制限がかかる。規制の強い順に、禁伐(伐採禁止)、択伐(抜き伐り)であるが、林業行為でもっとも一般的な皆伐については、1箇所当たりの伐採面積の制限(ふつう20ヘクタール以下、国有林ではおおむね5ヘクタール以下)となっている。
さらに皆伐後はすみやかに造林して森林を復旧させる義務が課されている。森林の復旧には必ずしも造林でなくて、天然更新でもいいじゃないかと言うのが前回「豪雨被害も食い止める「治山」は都市化が進む社会でも必要不可欠な存在!時代遅れの保安林制度…期待したい林野庁の大英断」の趣旨だった。
また比較的広大な面積を要する流域で指定される水源涵養(かんよう)保安林については、その保安林面積を標準伐期齢(森林が一人前になる年齢、40年ぐらいが多い)で割った面積を超えない範囲で全皆伐箇所の合計面積を抑えることになっている。昔は木材生産のための伐採圧力強かったが、現在では林業生産が低調なのでこの制限を超えることはない。
もう1つの規制は、土地の森林以外の用途への変更すなわち開発の規制である。保安林における開発規制は厳しくて、公共的な用途に限られている。
例えば公共道路、ダムなど河川施設、自然公園の施設等である。伐採しても森林であることには変わらないのに対して、一旦開発されれば、森林に戻すことはほとんど不可能である。したがって厳しい規制は当然と言えよう。
一方、民間の開発業者にとって保安林は最も呪わしい規制である。ほとんど融通が利かないと言ってよい。それもそのはず。国土の3分の2が地形急峻な山岳であり、しかも台風、豪雨、地震と自然災害が多発する島国で、歴史的に森林の乱伐や河川の攪乱によって幾多の水害、山崩れを経験してきたのである。
その対策として、江戸時代に留山などの制度を整えた延長線上に保安林制度があるのだ。先人たちの命で購われた制度が保安林なのである。おろそかにはできない。
しかし、現在では国民の多くは大都会に吸収されて、日常生活で森林の効能に思いを致すことは皆無である。それどころかさらに便利な社会生活を求める人々によって、森林の蚕食は留まるところを知らない。このような時、改めて人々の命を守る森林=保安林のありがたさをかみしめるべきである。
