結論から言えば、このような箇所・森林こそ、あらかじめ土砂流出防備保安林に指定して、開発行為を禁止しておくべきだったのである。このような箇所を指定しなければ保安林制度の価値はない。
開発業者の中にはよろしくない恐喝まがいのことをする者もいて、特に役所の人たちはこの手に弱い。それを見越して安全確保の行政指導にのらりくらりと舐め切った対応をする。あらかじめ強力な規制を発揮する保安林であれば開発業者は寄ってこないから、県庁や市役所の職員も安心である。
保全を図るべきだった場所
実は筆者は、この現場に行ったことがある。16年3月だから、災害が起きる5年前のことである。
ここからほど近い神奈川県の真鶴岬の松の巨木林の調査にかかわっていて、その中にそれを上回る巨木なクスノキが混じっている。松林は、明暦の大火の後、江戸幕府が小田原藩に命じて植えさせた人工林なのだが、その後、明治に入って以降クスノキが出現した。そのクスノキが植栽によるものなのか、天然に侵入してきたものなのか知りたくて、近隣にクスノキが自生している森林がないか探したのである。
伊豆山神社は鎌倉幕府の尊崇篤い古社なので、たぶん背後に社叢林(しゃそうりん、神社を囲むように密生している森林)を伴っているだろうと目星をつけていってみたら、案の定原生的な森林があった。逢初川の左岸の尾根にあって、急な山道を登っていくと、やはりクスノキが現れた。クロマツ、スダジイ、タブノキの巨木と混交していて、真鶴岬と同じ植生であって、天然に自生したものか植えたものなのか判別はつかなかった。
その社叢林の最上部に伊豆山神社の奥宮があって、木々の間から真下に覚めるような青い相模湾、ポツンと初島が浮かんでいる。
箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に浪の寄る見ゆ
源実朝がこう詠んだのもこのあたりの急峻な山中であろう。
ところがそのような山中に柵がめぐらされ、目隠しされたような場所があった。怪しい臭いがするので、柵の隙間から覗いてみると、何やら開発行為の跡があった。誰も見ないと思って、いい加減なことをしているなあ、と感じたのである。残念ながら写真は撮っていなかった。
その悪い予感は的中してしまった。県も市も住民も誰も責めるつもりはないが、強いて言えば、現代日本人に自然災害に対する危機感が弛緩してしまっているのだ。
上の写真を見る限り、土石流が発生したとみられる残土処理場周辺は社叢林と同質と思われる天然林だったようで、もし森林として保全されていれば、このような災害は起きなかった可能性が高い。その右上側には宅地と思しき造成地も見られるし、山地災害防止機能はかなり低下していたと見る。左下側のメガソーラーが設置された谷やさらに隣の森林も下流が市街地であり、土砂流出防備保安林に指定して保全を図るべき箇所であろう。
全国にはこのように市街地に近接する森林が相当数あるが、それがみな保安林とは限らない。あるいは急傾斜地保全地区など他の法律に基づいて防災施設が設置されている個所もあるだろう。保安林は森林自体が大面積をカバーする防災施設と考えるべきもので、森林の消失や開発行為による自然の攪乱を防止して、市民生活をコスパよく守ってくれる仕組みである。
しかし、森林所有者による私権の制限を伴うものであるから、損失補償をするなどしてスムーズな指定に努めるべきであろう。
