2026年5月16日(土)

スポーツ名著から読む現代史

2026年5月16日

 日本中の期待を背負った戦いから2カ月。「史上最強」と期待が大きかった野球の日本代表侍ジャパンのワールド・ベースボール・クラッシック(WBC)連覇の夢は準決勝でついえてしまった。第6代監督として指揮を執った井端弘和は大会後、辞任し、次回大会に向け、新たな監督探しが始まっている。

栗山英樹氏(右)と話す井端弘和監督(カメラ・安藤 篤志) 報知写真部 2026年2月19日撮影=ひなたサンマリンスタジアム宮崎 侍ジャパン宮崎合宿(スポーツ報知/アフロ)
『WBC世界を制した采配の秘密 三原ノートと栗山メモ』
(三木謙将、金沢隆大著、2026年文芸春秋刊) 
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 井端ジャパンの戦いが始まろうとしていた2026年2月に出版されたのが今回紹介する『WBC世界を制した差配の秘密 三原ノートと栗山メモ』(文芸春秋社)である。著者の三木謙将と金沢隆大はともにNHKのスポーツ担当ディレクターで、栗山英樹が21年12月にWBCで侍ジャパンを率いる第5代監督に就任して以来、かねて勉強家で知られる栗山の監督哲学を番組にできないか模索していた。

 栗山本人と周辺を取材するうち、日本球界屈指の名将と謳われる三原脩が自らの監督哲学をノートにまとめ、西鉄ライオンズ時代の教え子で、娘婿である中西太に託していたことが分かった。栗山は評論家時代に中西から「三原ノート」の存在を知らされ、50歳で日本ハムの監督を引き受けた時から三原の教えをバイブルとして重用している。

 「三原ノート」にはどんなことが書かれているのか。そして栗山は三原の教えをWBCの戦いの中でどう生かしてきたのか。NHKの若いディレクターが取材経過をまとめた一冊を通じて三原から栗山へと継承された「名将の系譜」を辿るとともに、今後の「侍ジャパンの復活」に思いを重ねてみたい。

ダルビッシュの穴を埋めた逆転の発想

 栗山が日本ハムの監督に就任したのは11年のシーズンオフである。エースのダルビッシュ有がポスティング制度を使って大リーグに挑戦することがほぼ決まっていた。

 チーム最多の18勝を挙げた右腕を失った状態でコーチ経験もない栗山の監督就任は野球評論家の間で無謀だという声も聞かれた。だが、そうした世評を栗山は、見事にはね返して見せる。就任1年目、日本ハムをリーグ優勝に導いた。

 監督になって最初に出版した著書『覚悟』(KKベストセラーズ刊、2012年)の中でこんなことを書いている。監督として最初のキャンプを迎える前にダルビッシュの大リーグ移籍が発表された。

 <監督にとって、これほど信頼を寄せられるピッチャーはいない。さあ、困った。ダルビッシュが抜けた穴をどう埋めるか。それを考えることは、新監督に課せられた最初の、そしてとてつもなく難解な宿題だった。しかし、一方ではこういう捉え方もあった。日本のプロ野球では超一流の選手が去っても、また必ず超一流の選手が生まれてくる。大エースの移籍という事態に直面して、抜けた穴を埋めるというネガティブな発想ではなく、その空席を巡って次はどんな才能が現れるのか。最大の危機をチャンスに変えるのだ、そう発想を切り替えた>(『覚悟』27頁)
大胆な発想の転換。栗山が常識にとらわれることなく自由に発想を広げることができた背景に三原脩の「教え」があった。日本ハムの初代球団社長が三原だったという因縁があるだけではない。


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