2026年2月27日(金)

酷似する 「戦間期」と現代

2026年2月27日

 元日本経済新聞社副社長でジャーナリストの牧久さん(84歳)が言う。

空港内には今も建設反対を続ける人の土地が残る。成田闘争は「国vs過激派」で語られがちだが、戦後に開拓した「大切な土地」を守る闘いでもあった(KYODO NEWS)

 「かつて現役の社会部記者だった頃、成田国際空港建設問題を担当しました。反対闘争が激しさを増す中で、農民の一人が私にこう語ったんです。『私たちが満州の開拓地から命からがら引き揚げて、行くところもなく、痩せた関東ローム層のこの土地に入植し、20年かけて豊かな作物の実る農地に育て上げたのに、その農地がまた〝国策〟として取り上げられようとしている。私たちの思いは、支援してくれる学生たちには伝わらないですが……』」

成田の乱 戸村一作の13年戦争
牧 久
日本経済新聞出版
2640円(税込)

 この言葉は牧さんの脳裏に刻まれ、その思いを胸に2025年1月、成田空港建設決定から闘争、開港に至るまでの過程を『成田の乱 戸村一作の13年戦争』(日本経済新聞出版)として上梓した。

 成田空港は、1978年5月に開港し、現在では羽田空港と並び、国内最大級の国際空港である。近年では、インバウンドを中心に、活況を呈している。しかし、開港までに12年もの歳月を要した。空港建設に対し、農民をはじめとした地元住民たちの猛烈な反対運動があったからだ。反対運動には、住民たちのほか、過激派も支援に加わり、複数人の死者を出すほどの闘争へと激化した。空港用地内には今もなお、反対を続ける住民の土地が残っている。

 成田闘争は、「国VS過激派」の対立として語られることが多い。しかし、原点は違う。「私たちの思いは、支援してくれる学生たちには伝わらないですが……」という農民の言葉が示すように、実はここにも、満蒙開拓の歴史が関連している。成田空港建設予定地は、戦後、満州からの引揚者や沖縄の戦争罹災者など、行き場を失った人々が入植した「戦後開拓地」だったからだ。

 パート1でも触れたとおり、満州からの引揚者の中には、戦後開拓として全国各地、様々な場所に入植した人々がいる。長野県の大日向開拓地(現・軽井沢町)や豊里開拓地(現・安曇野市)など、今でも農業や観光で有名な地域は開拓団が戦後に開墾した土地でもある。彼らは帰国後、その「土地」で懸命に生き抜いた。空港建設予定地となる三里塚の入植者たちも、着の身着のままで帰国し、貧困と闘いながら開墾を続けた。そこには、満州と戦後開拓という2つの〝国策〟に翻弄された人々の姿があったのだ。

 当時いったい何があったのか、関係者を取材すべく成田に向かった。


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