アフリカ旅行をしていると、どうしても時間について考えてしまう。自分と現地に暮らす人々との時間の捉え方が違うからだ。
30代のころ、南アフリカに5年半滞在しアフリカ各地を回った経験から、私はそのことを痛感していたので、今回の旅行は5カ月の日程を組んだ。スペインから西アフリカまでの陸路の移動に2カ月、後半の3カ月を南アフリカ滞在にあてた。
南アフリカで友人に23年ぶりに会い、 彼の家に居候し1ヵ月半がすぎた。長い日程を組んだのは、南アフリカの代表的な現地語、ズールー語を学ぶためだ。過去に英語、スペイン語、イタリア語を学んだ経験から、新たな言葉を学ぶには日本での座学も大事だが、その地にどっぷり浸かるのが早いと知っていたからだ。初歩習得の期間を最低でも3ヵ月と設定した。
海外で必ずぶつかる「不明の壁」
なぜズールー語を学ぼうと思ったのか。当地、ヨハネスブルク郊外の旧黒人居住区ソウェトで普段語られる言葉を聞き取りたいからだ。完全ではなくても、会話の内容をある程度は知りたいと。
何も南アに限ったことではない。例えば、今回の旅行で通りすぎたモロッコとモーリタニアではアラビア語、セネガル北部やガンビアではウォロフ語、セネガル南部のカサマンス地方ではジョラ語、シエラレオネでは混成語のクレオールなど、それぞれの国で人々は現地語を話している。英語やフランス語で輪の中に入ることはできるが、彼らの普段の会話はどうしても現地語となる。
例えばスペイン語、ポルトガル語、イタリア語圏で、英語しか話せない人が取材に限界を感じるように、アフリカ言語という「不明の壁」にぶち当たる。
私は日本でも、飲み屋やお店、雑踏、電車の中で人の話に聞き耳を立てている。人から話を聞きたければ、インタビューをすればいいわけだが、この形は聞き手主体に陥りがちで、一問一答は尋問のようでもある。どこで生まれ育って、いま日々何を考えているのか。そんな問いに話者は丁寧に答えてはくれるが、それはあくまでも聞き出した情報である。話す側も身構えている上、欧州言語は自然にその人の口からでてきた言葉とは若干違う。
その人の政治についての見解を受け取ることはできても、その人がどんな考え方をするのか、普段、頭の中をどんな言葉が占めているのかはわかりづらい。40代後半、ローマに暮らしイタリア語でどうにかインタビューができるようになったころ、私は近所のバルで人々の輪に加わった。政治にしても、時事にしても、彼らから自ずと出てくる言葉が大いに役立った。
言語習得の肝は単なる情報伝達ではない。言語を自分のものにするということは、その地の文化を取り込むこと、人々が考える筋道を会得することである。つまり、他の言語を話せるということは、異文化を自分の中に宿すことであり、よりインサイダーに近いところからその文化を眺めることができる。人類学者ならとうの昔に取り組んでいることだが、20数年前、アフリカ特派員だった私にはその余裕がなかった。