2025年5月23日(金)

Wedge REPORT

2025年4月24日

 「私は、息子を絶対に戦場には行かせない。もしも私の長男が強制的に軍隊に行かされることになったら、長男を外国へ逃がす。すでにそのための準備も始めている」

次期首相のフリードリヒ・メルツ氏。憲法を改正し、防衛支出を大幅に引き上げる財政政策の大転換に踏み切った(PICTURE ALLIANCE/GETTYIMAGES)

 今年1月、長年の友人V氏(ドイツ人)とミュンヘン市内のレストランで夕食を取っていた際、V氏は真剣な表情でこう語った。

 V氏が将来当局に訴追されないように、彼の計画の詳細を記すことは避ける。だがその内容は周到であり、「成功するだろう」と思われるほどよく考えられていた。

 筆者が在住するドイツでは今、兵役義務は最も議論されているテーマの一つであり、万一に備えて、子どもが戦場に送られないようにする手立てを整えつつある人々がいる。

 27歳のドイツ人のポッドキャスター、オレ・ニュメーン氏は今年『私はなぜ祖国のために戦わないのか』という本を上梓し、「私は死にたくない。この国のために命を落とすのは、ごめんだ。戦闘で死ぬよりは、他の国に支配されて生き延びた方がいい」と主張している。

 兵役義務をめぐる議論が起きている背景には、欧州の地政学的状況の急激な悪化がある。ドイツ政府は2011年に「ソ連崩壊後は、ドイツが攻撃される危険は減った」として、兵役義務を停止した。

 しかし22年のロシアのウクライナ侵攻以来、ドイツでは一部の政治家たちから「兵役義務を復活させるべきだ」という意見が出されてきた。24年6月には、ボリス・ピストリウス国防大臣(社会民主党)が「新しい兵役義務」の導入を提案。25年2月の連邦議会選挙で勝ったキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)も選挙前から兵役義務の復活を求めてきたため、メルツ次期首相が大連立政権を樹立後、兵役義務に関する法律を施行させることは確実視されている。

 ピストリウス氏の提案によると、将来ドイツ政府は18歳を超える男性に「社会奉仕期間(Gesellschaftsjahr)」を義務付ける。この社会奉仕には、兵役または介護施設などでの勤務が含まれる。平時の兵役強制は難しいので、東西冷戦の時代と同じく、兵役と介護施設での勤務のどちらかを選択できるようにするものとみられる。

 ドイツ政府は25年以降、18歳以上の全ての男女に、質問票を送付する。男性は兵役に就く準備があるかどうかや、資格、健康状態、学歴などについて答えることを義務付けられ(女性は任意)、無視すると罰金を科される。「兵役に就いてもよい」と答える市民は、健康診断などを含む適性検査に参加するよう求められ、就きたくないと答える市民は、理由を書かなくてはならない。


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