2026年6月7日(日)

絵画のヒストリア

2026年6月7日

 16世紀の「ヴェネツィア派」の画家、ジョルジョーネに「嵐」(テンペスタ)というタイトルを持つ、いささかミステリアスな絵がある。

ジョルジョーネ「嵐」(テンペスト)1508年頃、ヴェネツィア・アカデミア美術館(Giorgione, Public domain, via Wikimedia Commons)

 画面の右手前、深い緑の巨木の根元に若い女が座り込み、抱いた幼子に乳を含ませながらこちらにまなざしを向けている。女は肩に白い布を羽織っているだけでまったくの裸形である。人物はこのほかにもう一人いる。

 左端で右手に長い杖のような棒を手にして立ち、この母子の方をみつめている若い男である。赤い上衣をまとい、下半身は半ズボンに粗末な靴らしきものを履いていて、身分のあまり高くない〈兵士〉のようにも見える。

 しかしこの絵の中心へと観者をいざなうのは、前景の彼らの姿ではない。人物の間の石塁のような構築物の上にある二本の白い石柱であり、背後の装飾を施した構築物である。さらにその奥へ向かって小川の水辺が広がっており、人の気配のない中央の橋の向こうに白い高層建築が連なった都市の風景がある。

 遠景の街並みの上空は何やら不穏な雲に覆われており、合間から赤みを帯びた稲妻が走っている。おそらく、前景の男女たちの耳には遠雷の響きが届いているに違いない。

 レオナルド・ダ・ヴィンチやボッティチェリ、ラファエロといった、フィレンツェやローマで活躍したルネサンスの巨匠たちは、古代神話や伝説に物語を求め、また聖書の教訓的主題の中から新たな〈人間〉を探った。これに対し同時代のティツィアーノやジョルジョーネといった画家たちは、鮮やかな色彩と〈風景〉という新たな画題を発見したもうひとつの潮流として〈ヴェネツィア派〉の名で呼ばれる。

 中でもジョルジョーネの足跡は今日にいたるまで多くの謎につつまれている。それはたかだか34歳という短い境涯に残した作品のうち、現在確実に画家の作品と見られているものがわずか6点にすぎないことからだけではない。

 この時代のほかの絵画と比べてみると、人物の背景を包み込む風景の乾いた空気感が、同時代の絵画鑑賞の定石とされる中世の図像学的な解釈を拒んで、見る者を迷路に誘うからである。とりわけデ・キリコやデルヴォーといった、シュルレアリスムの絵画にも通じる、画面の静寂を観者はどのように受け止めるべきなのか。

 〈ジョルジョーネは腕前をしめすために幻想のおもむくままに人間を描くことのみに心を砕いた。事実、首尾一貫した筋書きのある物語も、現代古代を問わず人口に膾炙した人物の事跡を描き出している物語も見られないからだ。私には彼の絵がまったくわからないし、人に問いただしてみても理解している人を見出せなかった。あちらに女が一人、こちらに男が一人と、勝手なポーズしているだけなのである〉

 画家と同じ16世紀を生きた高名な美術史家、ジョルジュ・ヴァザーリがこのような困惑を投げかけているのは、ジョルジョーネのまなざしが同時代の画家たちに共通する古い歴史の文脈を超えて、新たな社会空間を確実にとらえていたことの証かもしれない。


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