「自律的なファンタジーの物語」
『嵐』が描かれたころのヴェネツィアの街には、どんな眺めが広がっていたのか。
地中海の交易都市として東方との通商で栄えたこの街には、同時代のフィレンツェの画家たちが古典古代への回帰や歴史の寓意などを主題に求めたのに対して、身近な人物や風景を自由で詩的な新しい表現に求める特有の都市の空気があった。
ジョルジョーネの『嵐』はヴェネツィアの貴族のガブリエーレ・ヴェンドラミンの依頼で描かれ、その邸宅での鑑賞に供されたという。こうした来歴とあわせてみると、この画面には〈ヴェネツィア派〉が千年の共和国の富のもとに培った、詩的で自律的なリアリズムの造形が息づいているというべきだろう。そのミステリアスな主題をめぐって、当時からヴェネツィア人たちが丁々発止の議論を重ねていたのかもしれない。
塩野七生は『海の都の物語』の中で、この時代のヴェネツィアをこう描いた。
〈ヴェネツィアは海外貿易によって東西の要の役割を果たしたが、女たちの趣向にもそれがあらわれている。豪華な服地や宝石、香水はビザンチン帝国からの影響であり、薄いヴェールやターバンの趣味には、ビザンチンに代わってオリエントの主になったトルコの影響がうかがわれる。金髪への憧れは北ヨーロッパとの交流の結果であったろう。それに、ヴェネツィア特産のレースが花をそえて、娼婦の風俗まで参考にされる〉
そして、次のように付け加えている。
〈フェレンツェ派の画家の描いた絵の前に立つと、遠近法とか解剖学の知識とか、いろいろのことも見なければならないという気持にさせられる。それが、ヴェネツィア派の絵画の前では、むずかしいことは一切忘れて、絵を見るという快感のみを味わえばよいのだという気分になってくる。ヴェネツィアの女も、ヴェネツィアの絵に似ている。彼女たちは、頭から足の先まで女であった〉
画家が歴史的な文脈や宗教的寓意から解き放される時、「無主題」となった絵画は田園生活や牧歌的な風景への構想や人物の姿を通して「自律的なファンタジーの物語」として生まれ変わる。
ジョルジョーネの代表作とされる『眠れるヴィーナス』はティツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』をはじめ、ゴヤの『裸のマハ』やアングルの『グランド・オダリスク』など、西洋美術の定番である後年の横たわるヴィーナス像の原型である。
若い女性の優美でみずみずしい裸像に加えて、この絵が観者を大きく引き付けるのは、その背景に織りなす丘陵と山並み、そして樹木と建造物の風景である。娼婦をモデルにしたといわれるこのヴィーナス像は、雲の沸き立つ田園風景のくっきりとした背景を通して、ある種の〈音楽〉を画面に響かせる。ジョルジョーネは34歳で亡くなる年にこの絵を手掛けて、未完の作品を完成させたのが弟子筋のティツィアーノだったと伝えられる。
