日本は、知らなかったから失敗したのだろうか。1941年、日本には石油が不足することを示す試算が存在していた。企画院などの分析では、オランダ領東インド、現在のインドネシアから石油を確保できれば、数字上は一定期間戦争を継続できるとされた。
しかし、その前提には重大な盲点があった。石油を確保できたとしても、それを日本まで運ぶ輸送船が沈められたらどうなるのか。シーレーンは維持できるのか。潜水艦攻撃による損耗率を計算に入れるべきではないのか。一部の官僚や民間専門家は、そうしたリスクを指摘した。
彼らは単なる石油の在庫量ではなく、戦争継続を支えるシステム全体の脆弱性を見ていた。
日本型組織の深い問題
ところが、そのような不都合な分析は、意思決定の中心に十分には反映されなかった。むしろ、そのリスクを指摘した人材が遠ざけられていったとも言われる。ここに、日本型組織の深い問題がある。
情報がなかったのではない。分析能力がなかったのでもない。問題は、不都合な分析を受け止め、意思決定を修正する力が組織に欠けていたことではないか。
私たちは失敗を、しばしば「知識不足」として説明する。しかし、本当に不足していたのは知識だったのだろうか。むしろ不足していたのは、知識を判断に変える力だったのではないか。
私はこの力を「意思決定資本」と呼びたい。意思決定資本とは、単なる知識やスキルではない。不確実な状況で何を優先するか。どのリスクを取るか。どの前提を疑うか。誰の異論を残すか。いつ判断を修正するか。
こうした、経験と関係性と組織プロセスに支えられた判断能力の蓄積である。この視点から見ると、「失われた30年」も違って見える。
日本は本当に技術力を失ったのだろうか。半導体材料、精密部品、工作機械、産業ロボット、特殊素材など、日本企業は今なお多くの分野で世界市場を支えている。
失われたのは、技術そのものではない。むしろ、技術をどこに使うか、どの市場に賭けるか、どの変化に先回りするかという判断能力の継承だったのではないか。
かつて日本企業には、この意思決定資本を継承する巨大な仕組みがあった。OJTである。新人は先輩について回り、課長は部長から学び、現場は経験を蓄積した。そこで伝えられていたのは、業務マニュアルだけではない。
顧客との交渉方法。トラブル時の優先順位。予算配分の勘所。リスクの見極め。組織を動かす調整力。不都合な情報をどう上げるか。反対意見をどこまで残すか。
こうした暗黙知が、日々の仕事を通じて継承されていた。しかし人口減少、雇用流動化、グローバル化、デジタル化によって、この仕組みは急速に弱体化している。
2040年に向けて、日本では水道、電力、医療、介護、行政、製造業など、社会基盤を支えてきた熟練人材が大量に退職していく。多くの議論では、これを「人手不足」と呼ぶ。しかし本当に不足するのは人数だけだろうか。

