日本企業の現場では、OJTが静かに崩れつつある。先輩から学ぶという前提が、人口減少・八掛け社会の到来を迎える2040年に向けた成長戦略が成り立たず、過去経験を語る属人的な経験則は継承されない。
だが、より深刻なのは「未来を読み解くための共通言語」そのものが、組織から失われつつあることだ。人口減少、労働力制約、外食・介護の人手不足、AI・ロボティクスの規制緩和。これらは企業ごとに異なる課題ではなく、日本企業すべてに共通する“未来の地形”である。
かつては経産省や総務省、経団連をはじめとした産業団体、そして企業が連携し、一種の共通言語を持って世界市場を切り開いていた。
しかし日本経済の規模が縮小し、多くの大企業が主戦場を海外に移し、地政学リスクや環境リスクを直視しないままグローバル分業に依存した結果、日本国内で「共に未来を語る」意義は大きく後退した。
にもかかわらず、多くの企業は自社ソリューションの延長でグローバル化の流れでリスク対策に比重を置かずに市場を広げてしまい、バブル世代から続く現場の経験を積んでも、この地形を読み解くことは難しい。
未来は予測ではなく、構造から読み解く必要がある。そしてその構造を理解するための“共通のレーダー”を持つことが、これからの日本企業にとって決定的に重要になる。
自社ソリューション思考では未来は読めない
日本企業の多くは、長く「自社の文脈」で世界を見てきた。マーケティングと言いながら、実態は“自社の都合”を社会に投影しているにすぎない。内外の経営戦略書に書かれているのは、すでに起きたビジネスヒストリーの整理であり、「現在の産業構造」を分析するためのフレームワークであって、2040年の構造変化を読み解くための道具ではない。
未来を読むとは、
- 何が変わらないのか(Hard Trends)
- 何が未来を決める変数なのか(Critical Variables)
- 誰が変数を動かすのか(制度 × 技術 × プレイヤー)
- どの瞬間に未来が動くのか(Trigger)
を構造として理解することである。
これは企業内研修では絶対に扱えない領域だ。企業は自社の文脈から離れにくく、制度・技術・産業構造を横断して議論することが難しいからである。
日本語で深く議論できるMBAは“経営幹部士官学校”になりうる
未来を構造で読むためには、制度、テクノロジー、産業構造、地域、国際標準化といった複数の領域を横断して議論する必要がある。このとき、日本語で議論できることの価値は想像以上に大きい。
制度の文脈、社会の空気、歴史的背景、行政の慣行——
これらは英語では語りきれない。
例えば筆者が4月からゼミを担当している中央大学ビジネススクールは、平日オンラインと土日対面の活用効果もあり、5領域(戦略・マーケティング・人的資源管理・ファイナンス・経営法務)の基礎から応用までを学ぶ。 日々の業務を続けながら土日に御茶ノ水駅近くの文化の薫り高い街に赴くスイッチの入れ替え・実務とアカデミーを往復しながら未来を構造で読み解くための場を設けている。
2040年の労働市場や産業構造、求められる人的資本を予測したレポートは大量に存在する。 しかし、それらは個々の組織には一見関係のないように見える内容も多く、
社内の中期計画では過去の延長線上にある「変わらない未来」しか描かれないことが多い。
企業内研修では扱えないテーマ——人口減少、社会インフラ維持コストの高騰、産学連携の不在によって宝の山となりつつある大学研究が海外に流出する可能性など——こうした“変わらない変数・ファクト”を直視し、自社の文脈を超えて未来を語り合う場こそ、いまの日本に最も欠けているものである。



