昨今世間を騒がすのは、頻発する人里へのクマ出没だ。最近では、秋田市都心部のスーパーマーケットに侵入し丸2日間居すわったケースも起きている。
人里に出たクマは駆除せざるを得ない。だが、そんな時に必ず噴き出すのが「かわいそう」という声であり、「クマを殺すな」という抗議が該当自治体に殺到する現実だ。そこまで行かずとも「人とクマが共生する社会を」と理想論が声高に唱えられる。
獣害を引き起こすのはクマだけでなく、シカやイノシシなど多くの動物がいるが、果たして安易に語られる「人と野生動物の共生」は可能なのだろうか。
この命題を考える際に参考になる事例がある。「奈良のシカ」だ。奈良公園周辺に生息するシカは1000年以上もの間、神鹿扱いだった。戦後は天然記念物に指定され保護が進み、人と交わって生息している。
おかげでシカは人を怖がらず市街地を闊歩し、その姿を喜ぶ人も多い。しかし同時にさまざまな被害を引き起こしている。そこから獣害対策と野生動物保護の両立を考え、真の「人と野生動物との共生」をめざすヒントを得たい。
通常の4倍以上のシカが生息
まず奈良のシカの実態を知ってもらいたい。筆者は奈良県在住で、奈良公園も近いため、奈良のシカは子供の頃から馴染みがあって常に観察してきた。
生息数は、ここ数十年は1000頭以上をキープしている。2024年は1325頭に達した。奈良公園は約510ヘクタールあるが、もしすべて森林だったら、生息できるのはせいぜい300頭程度だと言われている。なぜ、4倍以上も生息できるのか。
公園内には神社仏閣の境内も含めて草地が多く広がり餌場となっている。その背景にある春日山原始林は夜のねぐらになる。この森と草地の絶妙な配置がシカの生息に適しているのだ。
ちなみに奈良のシカは野生であり、飼っているわけではない。観光客の与える鹿せんべいは、彼らに必要な餌の量の数%にすぎず、大半を芝などの草で賄っている。