もちろん人がシカを保護していることも大きい。奈良のシカは春日大社の神の使いとされ、古来より傷つけることは厳禁だった。中世にはシカを殺せば獄門とされた。
逆に明治維新時は、当時の県令(知事)が「迷信」だとシカを柵内に閉じ込め、ろくに餌も与えなかったため、38頭まで減ったという。幸い県令が交代して解放された。
その後は神鹿信仰がもどり、奈良観光に欠かせない要素としても保護が進む。結果、シカも人を怖がらなくなった。鹿せんべい欲しさに観光客におじぎをし、車道は横断歩道を渡り、赤信号なら立ち止まる。これは日常的に見られる光景だ。
シカ被害の実態と保護対策
そうした人とシカの交わる光景をほのぼのとした気持ちで眺めていると、見事に両者が共生しているように見える。だが、裏では問題が多発しているのだ。
たとえば観光客が鹿せんべいを与えずからかうと、角で突かれたり噛みつかれたりすることがある。子シカに不用意に触ろうとしたら母シカは激怒し突進する。本気で体当たりされたら人でも吹っ飛び怪我をするだろう。
またシカが街路樹や個人宅の庭木を食べてしまったり、公園外に出て田畑の農作物を荒らしたりもする。近年では特別天然記念物指定の春日山原始林の樹木の劣化も問題となっている。ドングリや若木を食べてしまうから次世代の木々が育たず、希少植物や昆虫も姿を消しつつある報告も出た。
逆にシカが交通事故にあったり、野犬に襲われたりする事件も少なくない。また人がシカにスナック菓子を食べさせたり、シカが街中のプラチックゴミを食べてしまったりして健康を害するケースもある。死んだシカを解剖すると、胃袋にプラスチックがぎっしり詰まっていたこともあったという。
一般財団法人奈良の鹿愛護会という団体が、奈良のシカの保護に取り組んでいる。交通事故などでの怪我や病気のシカが発見されると、24時間対応で駆けつける「鹿救助隊」が設けられているほか、妊娠したシカを鹿苑と呼ぶ施設に収容して出産まで見守る。さらに秋になると、伸びた角で人を傷つけないよう角切りも行う。
そして重要な仕事が、農作物を荒らしたシカ対策だ。罠で捕らえても天然記念物のため駆除できないため、愛護会が引き取り鹿苑に収容するのだ。一度農地を荒らしたシカは、何度も繰り返すため放すことができない。そのため死ぬまで収容を続けるが、その数は常時300頭前後にもなる。それが餌代も含めて大変な負担となっている。また被害を受けた農家には見舞金を(農家組合を通して)支払っている。