しかし、外からは見えないはずのその人の脳は、「会話」を通して見ることができます。普段からこういう会話ができていたら、この程度の認知機能が保たれているはずだ、ということがこれまでの研究で明らかになっています。会話には脳の健康度合いが反映されるのです。本連載では、脳科学の知見や最新のテクノロジー、AIの技術を集結させて考案された「脳が長持ちする会話」のコツをお伝えします。
*本記事は『脳が長持ちする会話』(大武美保子、ウェッジ)の一部を抜粋したものです。
認知機能が低下すると「聴く」力が弱くなる
脳が長持ちする会話とは、相手から見える世界を想像する会話です。同じものを見ていても、見え方は人によって異なります。一人ひとりのものの見方というメガネを交換し合うことで、一人ひとり見えているものが違うことに気づけます。そのときに欠かせないのが「聴く」ことです。聴くことを通じて、自分とは異なるものの見方や考え方を、自分自身の新しい視点として取り入れることができます。
そもそも人の話を「聴く」には、脳の複雑な処理が必要になります。人の話は、自分の思考回路とは違う、相手の思考回路が生み出したものです。自分になじみのない言葉、よく知らないできごとや状況を想像しながら、自分の思考回路とは違う文脈で語られる情報を耳から聴いた順番に処理していかなくてはいけません。
自分の話をするのであれば、自分が知っていることを自分の思考回路に任せて話せば良いのですが、人の話を聴く場合は、むしろ自分が話すよりも自分の頭を使います。好きなようにしゃべるのに比べると、脳の負担には雲泥の差があるのです。
認知機能が落ちてくると、人の話を聴いて処理する能力も低下します。ですから、「聴いていない」「聴いていたようだけど、きちんとわかっていなかった」ということが起こりやすくなります。
本当に聴けていれば脳波が動く
聴く力に関する一般的な研究手法に、聴かせる音源に関係ない音を混ぜるという方法が知られています。たとえば、有名な昔話の朗読を聞いてもらい、脳波を調べるのですが、昔話の中にそのお話ではありえないことがらをしのばせておきます。そのありえない箇所を聴いたとき、おかしいと感じたときに出る脳波が出れば、その人はきちんと聴いているということになります。「ふむふむ」と聴いているそぶりを見せていても、脳波に変化が見られなかったら、その人は聴いていないということがあぶり出せます。
ただ、このように実験で脳波を計測しなくても、しっかり聴けているかどうかを調べることはできます。相手がおそらく聴いたことがないと思われる単語や知らないであろう事象を話の中に混ぜておき、相手が「ふむふむ」というそぶりを見せるだけで何も反応を示さなかった場合、あまり聴いていないか、聴いているけれど質問を躊躇しているかのどちらかだろうと推測できます。
こちらが話し手で「聴いていないな」と感じたときは、相手が質問しやすい空気を作って促したり、本当は聴き取ってほしかった言葉や事象についての補足をしたりすれば、しっかり聴いてもらうことができます。そんなふうに会話の相手が気遣ってくれているから、自分も「聴けている」可能性があるかもしれないことを知っておくと、聴き方が変わるでしょう。