しかし、外からは見えないはずのその人の脳は、「会話」を通して見ることができます。普段からこういう会話ができていたら、この程度の認知機能が保たれているはずだ、ということがこれまでの研究で明らかになっています。会話には脳の健康度合いが反映されるのです。本連載では、脳科学の知見や最新のテクノロジー、AIの技術を集結させて考案された「脳が長持ちする会話」のコツをお伝えします。
*本記事は『脳が長持ちする会話』(大武美保子、ウェッジ)の一部を抜粋したものです。
なぜ記憶に残ることと、残らないことがあるのか
「①覚える」=「記銘」は「エンコーディング」とも言われます。脳科学ではこの作業を「符号化」「記号化」と呼び、見聞きしたことを頭の中で記銘してコードに置き換えることで、時間が経ってからでも取り出せるようにしていると考えられています。
外食をして、料理のおいしさに感動したとしましょう。その料理がどのような素材でどのように作られているからおいしいのかは、食べている最中は言葉になっているわけではありません。
しかし、後日、感動したその料理がどのような素材でどのように作られていたかを人に説明できるとしたら、それは頭の中にエンコードされたからです。もしも、その料理を家で再現できたとしたら、エンコードされた記憶が頭の中にある知識や体験記憶と結びついたことの証左となります。
頭の中で起こっていることは外からは見えないのですが、このようにして表出します。自分は意識していなくても、符号化、言語化がなされていることがあるのです。
とはいえ、脳は人間の体験の何から何までエンコードしているわけではなく、覚えていることには、記憶の強さのグラデーションがあります。ですから、「昨日の晩ご飯は何でしたか?」と聞かれてすぐには思い出せず、「えーっと……」としばらく考えて、「あ、唐揚げでした」と答えられるようなことがあります。
「一昨日は?」「3日前は?」となるとだんだん記憶が怪しくなっていくのが普通ですね。過去にさかのぼるほど一般的には思い出しづらくなるのですが、突然「そういえば先週末の金曜日はイタリアンでした」という具合に、ふいに明確な記憶がよみがえったりします。それはおそらく、料理のおいしさや会食の時間の楽しさが、強いエンコードに結びついたからです。
心が動けば記憶に残る
人は体験したことをどんどん忘れていきますが、心が動いたときに記憶として残りやすくなります。