アンドリュー・ハーディング・パリ特派員
フランスで10年近くにわたってたびたび薬物によって妻の意識を失わせ、インターネットで募った人たちにレイプさせていたとされる事件で、アヴィニョンの裁判所は19日、レイプ罪などに問われたドミニク・ペリコ被告(72)を有罪とし、禁錮20年の刑を言い渡した。
被害者への性的暴行などの罪に問われた他の被告50人も全員、レイプなどの罪状で有罪となり、禁錮3~15年の刑を宣告された。
アンドリュー・ハーディングBBCパリ特派員が、この裁判がフランス社会に投げかけた課題や疑問を解説する。
(注意:この記事には性暴力の描写が含まれます)
投げかけられた二つの疑問
毎朝、夜明け前から列ができ始める。女性たちの集団が(集まるのは常に女性たちだ)、ガラスとコンクリートでできたアヴィニョンの裁判所の外、車がしきりに行き交う環状道路の歩道に立つ。
寒さが募る秋の日々、女性たちは毎日やって来た。花を持ってくる人もいる。ジゼル・ペリコさんが意を決した表情で階段を上り、ガラスの扉を通り抜けるのを、だれもが拍手で迎えたいのだ。中には彼女に近づく人もいる。
「ジゼル、応援してます」、「勇気を出して」と叫ぶ人もいた。
ほとんどの人はそのまま残り、裁判所の公衆向け視聴室のテレビ画面から審理を見る席を確保しようとした。女性たちは、ジゼルさんが自分をレイプした数十人の被告人に囲まれながら、静かに法廷に座る、その勇気を目撃するためにここにいた。
「ジゼルさんに自分を重ねている」と、54歳のイサベル・ムニエさんは言う。
「被告の一人はかつて私の友人だった。最悪だ」
20歳のサジア・ジムリさんは、「彼女はフェミニズムを象徴する存在になった」と話した。
しかし、女性たちがこの場所に来ていた理由はそれだけではない。
女性たちは何よりも、答えを求めていたようだった。フランス最大のレイプ裁判の影響をこの国全体がかみしめる中、アヴィニョンの裁判所にいる女性たちだけでなく、多くのフランス女性が、二つの根本的な疑問を抱えるようになった。
最初の疑問は理屈抜きの直感的なものだ。50人もの男性が、小さな地方の町の他人の寝室で、意識を失っている見知らぬ女性とのセックスの誘いを気軽に受け入れた。この事実は、フランスの男性、あるいはすべての男性について、いったい何を示しているのだろうか?
二つ目の疑問は、最初の疑問から生まれる。この裁判が、性的暴力や薬物を使ったレイプの蔓延(まんえん)に対処し、恥の概念や同意に関する根深い偏見や無知に挑戦する上で、どれほどの効果を持つのだろうか?
簡単に言えばこうだ。ジゼルさんの勇敢な姿勢と、「恥ずかしいという思いを、被害者からレイプ犯に移す」のだという彼女の決意は、何かを変えられるのだろうか?
被告という立場に隠されたもの
長い裁判というのは、独特の場の空気を作り出すものだ。アヴィニョンの裁判所にも奇妙な日常が生まれた。テレビカメラや弁護団が集まる中で、数十人の被告もいる。彼らの顔はマスクで隠されているとは限らない。審理開始直後には周りに衝撃を与えたその姿も、次第に場の一部となっていった。
被告たちは歩き回り、雑談し、冗談を言い、コーヒーメーカーからコーヒーを取り、あるいは道路向かいのカフェから戻ってきたりしていた。こうしたふるまいが、弁護戦略の核心を強調することになった。つまり、被告たちはただの一般市民で、フランス社会の一側面で、オンラインで「スワッピング」の冒険を求めていたところ、予期せぬ事態に巻き込まれたに過ぎないという主張だ。
活動団体「Osez le féminisme(フェミニストになる勇気)」のエルサ・ラブレ氏は、「この主張がこの事件で最も衝撃的な点だ。考えるだけで胸が痛む」と語った。
「多くの女性が、長期的な関係にある男性を信頼できるパートナーだと考えていると思う。しかし、今では多くの女性がジゼルさんに共感している。『ああ、自分にもこんなことが起こり得るんだ』と感じている」
「男たちは決して、大胆な犯行を綿密に計画するような犯罪者ではない。ただインターネットを使っただけだ。だからこそ、同じようなことがどこでも起きている可能性がある」と、ラブレ氏は話す。同じ意見の人は大勢いるものの、フランス国内では反論も多い。
フランス公共政策研究所が今年発表したデータによると、2012年から2021年の間に、性的虐待の被害届の平均86%が不起訴、あるいは公判に至らないまま終わっている。レイプの被害届については約94%が同様の扱いを受けている。
ラブレ氏は、特定の男性が「逃げ切れる」と承知している時にこそ、性暴力が起きるのだと主張する。
「そしてこれこそが、フランスで性暴力が蔓延している大きな理由だと思う」
「怪物でも普通の人でもない」
4カ月にわたる裁判の間、被告たちは審理が再開されるたびに金属探知機の前に集まり、主に女性記者からなる報道陣を押しのけて法廷に入ろうとした。法廷内では、男性たちが一人ずつ順番に証言した。
裁判所が精神鑑定を依頼した精神科医のローラン・ラエ医師は、被告たちは「怪物」でも「普通の人」でもないと証言した。涙を流す者もいれば、自白する者もいた。しかし、ほとんどの被告はさまざまな言い訳を並べ、自分は(フランス人が言うところの)「リベルタン(自由恋愛主義者)」としてペリコ夫妻の幻想の相手をしていただけで、ジゼルさんが同意していないなど知りようもなかったと主張した。夫のドミニク・ペリコ被告に脅されたと主張する被告も複数いた。
裁判にかけられた男性51人に、明確なパターンや共通の特徴はほとんど見られない。被告たちは社会のさまざまな層に属し、4分の3が子供を持ち、半数が結婚しているか交際相手がいる。また、4分の1強が子供の頃に虐待やレイプを受けたと述べている。
年齢や職業、社会階級による明確な分類も見当たらない。被告らに共通していた特徴は、男性だということと、違法なオンラインチャットフォーラム「Coco(ココ)」で連絡を取り合ったことの2点のみだった。「ココ」はスワッピング希望者だけでなく、小児性加害者や麻薬密売人も集まることで知られていた。フランスの検察によると、今年初めに閉鎖されたこのサイトは、2万3000件以上の犯罪活動の通報に関連している。
BBCの取材によると、被告らのうちの23人、つまり45%に有罪歴があることが分かった。正確なデータは当局によって収集されていないが、一部の推定によると、これはフランスの全国平均の約4倍に当たる。
「性的暴力を犯す男性に、典型的な人物像というものは存在しない」と、前述のラブレ氏は結論付けている。
この事件を誰よりも詳しく追っているのは、フランスの公共放送局フランス・アンフォからこの裁判の報道を請け負っているジュリエット・カンピオン氏だ。「もちろん、この事件は他の国でも起こり得たと思う。しかし、フランス男性が女性をどう見ているか、そして同意の概念について、多くを語る事件だと思う」と、カンピオン氏は言う。
「多くの男性は同意とは何なのか、実際には知らない。なので、この事件は悲しいことに、私たちの国について多くを物語っている」
「ムッシュ普通の人」の問題
この事件は確かに、フランス全土でレイプに対する態度の輪郭を形作るのに役立っている。
仏紙リベラシオンは9月21日、俳優や歌手、音楽家、ジャーナリストなどの著名なフランス人男性らによる公開書簡を掲載した。書簡は、この事件が、男性による暴力が「怪物の問題ではない」ことを証明していると主張している。
「それは男性、つまり『ムッシュ普通の人』の問題だ」
「すべての男性は例外なく、女性を支配するシステムから利益を得ている」
書簡はさらに、男性たちが父権制に挑戦するための「ロードマップ」を描くとともに、「自分たちの行動を正当化できるような男性的な本質があると考えるのをやめよう」と助言している。
一部の専門家は、ペリコ事件に対する大きな関心が、すでにプラスの効果を生んでいる可能性もあると考えている。
パリを拠点に性的暴行事件を専門とするカレン・ノブリンスキー弁護士は、「この事件全体が、すべての世代、若い男性、若い女性、大人にとって非常に有益だ」と語った。
「この事件は若者の意識を高めた。レイプはバーやクラブでだけ起こるわけではない。私たちの家でも起こり得る」
「全ての男性ではない」というハッシュタグ
しかし、まだ多くの課題が残っているのは明らかだ。
私は裁判の初期に、ペリコ夫妻が住んでいたマザン村のルイ・ボネ村長に会いに行った。ボネ氏はレイプ疑惑を明確に非難したが、ジゼルさんの経験が誇張されていると感じていると、2度にわたってはっきり述べた。また、ジゼルさんが意識を失っていたため、他のレイプ被害者よりも苦しみが少なかったと主張した。
当時ボネ氏は、「そう、私はこの疑惑を軽視している。もっとひどいことになり得たと思うからだ」と語った。
「子供が関与している場合や、女性が殺された場合は非常に深刻だ。元に戻すことはできないからだ。でも今回の場合、家族は自分たちの家族関係を立て直すしかないだろう。難しいだろうが、誰も死んでいない。だからまだできるはずだ」
ボネ村長のコメントはフランス全土で激しい怒りを引き起こした。村長は後に声明を発表し、「心からの謝罪」を表明した。
この事件に関するインターネット上の議論は、「すべての男性」がレイプを行う可能性があるという意見が焦点になっている。異論の多いこのような主張を、裏付ける証拠はない。一部の男性は、「#NotAllMen(すべての男性ではない)」というハッシュタグを使い、この主張に反論している。
一人の男性はソーシャルメディアで、「自分たちは、悪い行動をする女性の『恥』を他の女性に負わせようとはしない。なのに、なぜこちらは男だというだけで、(他の男による)その恥を負わなければならないのか?」と問いかけた。
しかし、これにはただちに反発の声が上がった。女性たちはこのハッシュタグに怒りをもって反応し、時には自分自身が受けた虐待の詳細を共有することもあった。
「このハッシュタグは男性によって作られ、男性によって使われている。苦しむ女性をこれで黙らせようとしている」と、ジャーナリストのマノン・マリアーニ氏は書いた。
男性ミュージシャンでインフルエンサーのWaxx氏は、批判を書き加えたうえで、ハッシュタグのユーザーに「ともかく黙れ。これは『あなたたち』の問題ではなく、『私たち』の問題だ。男性が殺し、男性が攻撃する。それだけだ」と述べた。
ラブレ氏は、フランス人は自分たちの態度について再考する必要がまだあると考えている。
「多くの人がいまだに性暴力をセクシーでロマンチックなもの、あるいはフランスでのやり方の一部だと考えていると思う」
「そして、私たちがそれを疑問視し、この種の議論を全く受け入れないことが非常に重要だ」
薬物を使った性犯罪と証拠
サンドリーヌ・ジョッソ議員の小さい議員事務所は、セーヌ川沿いのフランス国会議事堂のすぐ裏にある。議員の机の横には、四文字の罵倒語のポスターが貼られている。それは、フランスではいわゆるケミカル・サブミッション(「化学物質による服従」の意味)として知られる、レイプ目的で薬物を使用する行為に対する、ジョッソ氏の反抗と決意を象徴するものだ。
ジョッソ議員は2023年11月、ジョエル・ゲリオ上院議員のアパートで開かれたパーティーに出席していた。ジョッソ議員は、ゲリオ議員がレイプ目的でシャンパンに薬物を入れたと主張している。対するゲリオ議員は疑惑を否定し、「取り扱いミス」のせいだと反論。グラスは前日から薬物に汚染されていたと捜査当局に話している。
ゲリオ議員の弁護士は声明で、「(事実は)初期報道を読んで推測されるような、ひわいな解釈とは全く異なる」と述べている。この件に関する裁判は来年行われる予定だ。
ジョッソ氏は現在、フランスの司法制度で「被害者の道のりを容易にする」ための活動を展開している。
「現在の状況は悲惨だ。訴えを起こした被害者のうち、裁判に持ち込めるのはごくわずかだ。証拠が不足しているためだ。医療的、心理的、法的な支援も十分ではない。性暴力に関しては、不備があらゆるところにある」と、ジョッソ氏は語っている。
ジョッソ氏は現在、ジゼルさんの娘のカロリーヌさんと協力し、フランス全土の薬局で利用可能な薬物検査キットを作成している。このキットは、ペリコ事件が注目されたことを受け、試験的な展開に向けて政府の支援を受けている。
ジョッソ氏は、「私は楽観的だ。医療界とフランス国民は、恥が被害者から加害者に移ることを望んでいる」と、ジゼルさんの有名な言葉を引用して展望を語った。
しかし、パリ中毒監視センターの専門家、レイラ・シャウアシ博士は、アヴィニョンでの裁判は、薬物とレイプに対する認識を高めるための長い闘いの一歩に過ぎないと言う。
「これは、すべての人が真剣に受け止めるべき重大な公衆衛生問題となり、被害者ケア改善に急ぎ対処するよう、強制力をもって当局を動かす必要がある」
「私たち全員がこの問題について考え、それを単なる司法の問題ではなく、健康の問題として捉えることが重要だ。それは私たち全員に関係している」
現在のフランスの法律では「同意」という言葉がレイプの定義に含まれていないため、それを明確にするために変更すべきだと主張する人もいる。しかし前述のノブリンスキー弁護士は、焦点を別のところに置くべきだと考えている。
「警察や捜査、適切な資金提供などに焦点を置くべきで、法律の細かい修正に集中するべきではない」
「警察は資金も人材も足りていない。案件が多すぎることが真の問題だ。扱う案件が多すぎると、証拠を見つけるのは非常に難しい」
裁判が始まって最初の数週間、裁判所へ向かうジゼルさんは肩をすぼめ、身を守るような姿勢で歩いていた。事件が引き起こした関心があまりに高く、戸惑っているようだった。しかし最終弁論の頃には、その態度は様変わりし、完璧に落ち着いて座っていた。
これはより大きな変化と一致している。公開裁判を選びすべての詳細を法廷で示すという決断がもたらした驚くべき影響を、検察も傍聴人も、そしてジゼルさん自身も、裁判が進むにつれて理解するようになったのだ。
「ジゼルさんは私たちに、被害者であっても恥を背負わず、胸を張って生きるように示している」とラブレ氏は話した。
「女性として、最初は疑われるところから始まる。嘘つきと言われることから始まり、自分の主張は真実だと証明しなくてはならない。すべての女性が何かしらの経験をしているはずだ。そういう意味で、ジゼルさんは世界中の女性を代表している」
「ジゼルさんは、この事件を自分自身以上のもの、もっと大きいものにしようと決意した。私たちが社会として、性的暴力をどのように扱うかについての問題にしようとした」
公判の傍聴を続けたカンピオン記者は判決言い渡しに先立ち、事件の影響を裁判所の外で聞かれてこう答えた。「(犯行の)動画をたくさん院続けるのは、つらいことだった(中略)女性として、とても複雑な問題だし、私はかなり疲れている」。
「でも少なくとも私たちは、やるべきことをやった。話題にし続けた。とても小さい一歩だと思う。大きいことにはならない。でも一部の男性にとって、そして一部の女性にとって、物事を根本的に変えることになってもらいたい。そう願うしかない」
(この記事の内容に影響を受けた方には、BBCが英語で支援を受けられる場所をこちらで紹介しているほか、日本政府の内閣府が「薬物やアルコールなどを使用した性犯罪・性暴力に関して」説明し相談窓口などを紹介するページを設けています)
(英語記事 Gisèle Pelicot: How an ordinary woman shook attitudes to rape in France)