北朝鮮が公式の立場を表明する媒体である『労働新聞』が10月28日に興味深い署名論評を掲載した。「われわれの国家核戦力の建設は既に、最終完成のための目標が全て達成された段階にある」と主張したのだ。北朝鮮の公式メディアが「目標達成」と報じたのはこの論評が初めてで、その後、「国家核戦力完成の終着点に達した」(朝鮮中央通信11月4日)などという同様の趣旨の言及が行われるようになった。
北朝鮮はこれまで、核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイル(ICBM)が完成するまで一切の交渉に応じないという姿勢を見せてきた。今回の論評は、国際社会からの警告と制裁を完全に無視して核・ミサイル開発を急いできた金正恩政権の姿勢変化を示唆するものだ。
『労働新聞』の論評は署名入りが原則で、重要な論評の筆者は限られている。この論評を執筆したチョ・ナムス氏は、そうした重要論説を担当する一人。対米関係のほか、日本や韓国に対する批判的な論評を執筆し続けてきた人物だ。署名論評とはいえ、最高領導者の意向と異なる記事は掲載されない。金正恩委員長の認識を反映していることは確実だろう。
本来ならば、ICBMの発射実験を追加で1回は行ってから大々的に勝利宣言を出す、という形の方がすっきりしている。日米韓の専門家の間でも、追加実験を行った上で「米本土への核攻撃能力を確保した」と主張し、米国に対話を迫ろうとするのではないかという観測が強かった。中途半端な印象を与える『労働新聞』の論評という形式を取った意図はよく分からないし、トランプ米大統領の対応によってはミサイル発射を再開するつもりかもしれない。ただ、どちらにしても北朝鮮の出方について予断を持たず注視すべき時期に入ったようだ。
変化の予兆は7月のICBM発射から
北朝鮮の国営メディアの論調に変化が見られるようになったのは、米国の独立記念日に当たる7月4日のICBM発射以降である。北朝鮮メディアの報道によると、発射に際して金正恩委員長は「米帝との長い戦いもついに最後の局面に入った」「独立記念日の贈り物が気にくわないだろうが、今後も大小の贈り物を頻繁に送り続けてやろう」と語った。
北朝鮮メディアはその後、連日のように祝賀宴会の開催を報じつつ自国の戦略的地位向上を強調するようになった。 8月に入ると金絡謙戦略軍司令官が弾道ミサイル「火星12」4発を米領グアム沖に同時発射する計画があるなどと発言したことが報じられた。トランプ米大統領はツイッターで「北朝鮮が浅はかな行動を取れば、軍事的に対応する準備は完全に整っている」などと威嚇したが、金正恩委員長はこれに対して「愚かで間抜けなヤンキーの行動をもう少し見守ろう」と応じた。米国の反応を慎重にうかがいつつ、肩透かしを食わせようとするような論調が北朝鮮メディアでは続いた。
9月3日の6回目の核実験の際には、『労働新聞』が1面で朝鮮労働党の常務委員会によって実験実施が決まったと報じた。常務委の開催が確認されたのは初めてだ。外交を担当する金永南・最高人民会議常任委員長や経済を担う朴奉珠・内閣総理も入る常務委での決定であることを強調しようとしたのだろう。外交や経済も含めた長期的戦略をもって核実験に臨んでいることを内外に示したということだ。
北朝鮮は8月29日と9月15日に北海道上空を通過する形で弾道ミサイル「火星12」を発射したが、その後は本稿執筆時点(11月5日)までミサイル発射などを行っていない。