補講 北朝鮮入門

2017年11月6日

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礒﨑敦仁 (いそざき・あつひと)

慶應義塾大学准教授

1975年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部中退。在学中、上海師範大学で中国語を学ぶ。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員、外務省専門分析員、警察大学校専門講師、東京大学非常勤講師、ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。慶應義塾大学専任講師を経て2015年から現職。共編に『北朝鮮と人間の安全保障』(慶應義塾大学出版会、2009年)など。

[執筆記事]
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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、前ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15年5月から論説委員。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著『LIVE講義 北朝鮮入門』(10年、東洋経済新報社)を大幅に改訂した『新版 北朝鮮入門』(東洋経済新報社)を17年1月に刊行予定。

まず核開発を急いだ理由は、
リビアの教訓と国内での権威付け

 とにかく核戦力の完成を急ごうとする並進路線が金正恩時代になってから登場した背景には、いくつかの要因が考えられる。核・ミサイル開発の第一の目的が抑止力確保であることは昔から変わらないのだが、金正日時代よりも金正恩時代の方がその傾向を強く見せている。

 第1の理由としては、金正日国防委員長が死去し、金正恩国務委員長が権力を継承した2011年という時期を挙げられる。2003年に核開発計画を放棄したリビアのカダフィ体制は、まさに2011年に崩壊した。金正恩委員長は、カダフィ体制は核開発を放棄してしまったから自分を守ることができなかったと認識している。

 金正恩委員長は並進路線を打ち出した頃、「バルカン半島と中東地域の諸国の教訓」から学ぶ必要を強調し、「核兵器保有国だけは軍事的侵略を受けなかった」と主張した。「中東」はリビアを念頭に置いた発言だ。リビアは核開発放棄によって内戦へのNATO軍の介入を防げなくなり、体制崩壊とカダフィ大佐殺害につながったという認識だ。

 第2の理由は、権力継承時の年齢だろう。金正恩委員長が国のトップになったのは弱冠27歳の時で、現在でも33歳にすぎない。北朝鮮メディアは金正恩委員長の偉大性を国民に周知させようとする大々的なプロパガンダを繰り広げているが、祖父や父に比べれば実績不足は明白だ。それを核・ミサイル開発で補おうとしたことは明らかである。

 北朝鮮の国営メディアは金正恩時代になってから、核実験やミサイル実験の実施を最高領導者自ら命じていることを大きく宣伝し始めた。核・ミサイル開発の成果を金正恩委員長個人に帰属させることによって、「若き指導者が先代も作れなかった核兵器やICBMを開発した」「国際社会は驚き、米国や日本は怯えている」「金正恩委員長はすごいではないか」という宣伝を展開してきたのである。

 金正恩時代の「並進路線」が核・ミサイル開発を優先させる背景には、抑止力確保を急がねばならないという脅えとともに、金正恩委員長の権威付けという国内政治の文脈があった。そのために、これまで外交は後回しにされてきたと考えられる。

今後を読む鍵は金正恩氏の「現地指導」

 昨年5月に開催された第7回党大会においても「並進路線」が恒久的な路線だと確認された。今年10月7日の党中央委員会全員会議では、「並進路線を堅持して主体の社会主義の道に沿って力強く前進してきたことは至極正しかったし、今後も変わることなくこの道へ前進しなければならない」と表明された。

 あくまでも並進路線を追求するということだが、冒頭に述べたように対米抑止力を確保したという認識に至ったのならば、今後は経済に軸足を移していくことも考えられる。究極的には米国を相手にした交渉を行って自らに有利なディールをまとめたいのだろうが、抑止力が確保されたのならば、朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に転換するための交渉を急ぐ必要はない。

 それよりも、核・ミサイル実験を一時的に停止するだけでも対話に応じてきそうなロシアや韓国を相手にすればよいと考えているかもしれない。ロシアや韓国との対話を始めることによって国際包囲網を揺さぶりつつ、米国が無条件で対話のテーブルに着くのを待つというシナリオを考えている可能性すらありそうだ。

 金正恩氏は、初めて「並進路線」について言及した際、その目的を「経済建設にさらに大きな力を注ぎ、わが人民達が社会主義富貴栄華を心ゆくまで享受する強盛国家を建設するため」だと規定した。現在もなお、経済建設の重要性は連呼されている。今後も民生関連の現地指導を主としていくのか、それとも軍関連が再び増えるのか。金正恩委員長の動静報道が情勢を見極めるヒントの一つとなろう。

  
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