2024年5月4日(土)

Wedge OPINION

2024年4月25日

 経済安全保障に関する重要情報の取り扱いを国が認めた人に限る「セキュリティー・クリアランス制度」を導入する法案が衆議院で可決され、参議院で審議に入っている。今国会の成立は確実とみられる。なぜ、セキュリティー・クリアランス制度は必要なのか? 産官学それぞれの分野に精通した3人の専門家が日本のあるべき姿を語り合ってもらった「Wedge」2023年10月号に掲載されている記事の内容を一部、限定公開いたします。
日本は情報保全強化を急がねばならない(YUICHIRO CHINO/GETTYIMAGES)

 編集部(以下、─) 今年2月、経済安全保障推進会議において、岸田文雄首相が有識者会議の立ち上げと法整備などに向けた検討を指示したことで、現在、国家の機密情報にアクセスするための資格審査を行う「セキュリティー・クリアランス(以下、SC)制度」の創設に向けた議論が進んでいる。
 産業界からのニーズも旺盛のようだが、現状をどのようにみているか。

小谷 議論が始まった背景には、2022年成立した経済安全保障推進法や国家安全保障戦略の改定がある。そもそも、SCの創設において根幹とすべきは、国家安全保障、すなわち「いかに国を守るか」という視点だが、G7(主要7カ国)の中でこの仕組みがないのは日本だけだ。

 日本の産業界からも徐々にSCの創設を求める声が高まっている。例えば、アメリカやイギリスの政府機関にコンピューターを納入するある大手企業は、SCがないことを理由に、発注を受けてもどのような用途で使用されるかを教えてもらえないという。

 そうなると、納入後にどこをどのように改良・改善すればよいかが分からない。それでは困るので、コストをかけてSCを有する外国人を雇い、彼らを介してヒアリングするのだが、SCがないために、結局、本社の社員には言えないことが山ほどある。そのため、ニーズを聞き出すにも限界があり、どうもビジネスがうまく回らないということがあるようだ。

 また、国際的な共同開発の場に日本企業の技術者が入れないという話もよく耳にする。例えば、AIや水素、電気自動車(EV)、防衛装備品など、次世代の最先端技術の開発プロジェクトに参加する意思を持っていても、SCがないことで研究や開発現場から弾かれてしまうというケースが実際に起きている。

 防衛産業関連では現在、防衛機密を守るために適格性を確認する制度がある。ただ、基本的にはプロジェクトごとに審査されるため、ある人が別のプロジェクトに参加する場合には再度審査を受ける必要があり、時間と労力がかかっている。

小谷 賢 (Ken Kotani)
日本大学危機管理学部 教授
英ロンドン大学キングス・カレッジ大学院修士課程修了、京都大学大学院博士課程修了。防衛省防衛研究所主任研究官、イギリス王立防衛安全保障研究所(RUSI)客員研究員などを経て現職。著書に『日本インテリジェンス史』(中公新書)、『インテリジェンスの世界史』(岩波現代全書)など多数。

手塚 かつて産業界を経験した立場からすると、SCの捉え方は海外と日本とで雲泥の差があるのが実情だ。例えばアメリカでは、AIや防衛産業などは「先端技術=戦略物資」だと認識されており、そう認識した全ての分野にSCの網をかけている。

 そのため、ある日本法人の子会社がアメリカやイギリスの政府を相手に事業をしていると、日本法人の本社の役員ですら情報をもらうことができない。つまり、子会社の経営は完全に独立しており、何をしているかが分からない。決算上、売り上げが立ち、利益が出ていることを確認できても、それらが一体何によってもたらされているのか、詳しくは分からないということが起きている。

 また、日本の製造業を代表するある大手企業がアメリカで研究所を設立したのだが、その過程でアメリカ政府から「SCの有無」を確認されたことがSCについて熱心に勉強するきっかけになったということもある。

 産業界からSCのニーズが上がっていることを踏まえれば、少しずつ日本企業も目が覚めてきているのだろうが、アメリカをはじめとする価値観を共有する国々との間で対等に事業を営もうとすれば、SCは「必須免許」である。

 特に、電力、通信、鉄道などの重要インフラを扱う企業や日本の基幹産業である自動車業界では、今後も優先順位の高い課題となるだろう。関係するのはこうした産業に属する大手企業だけではなく、それらの企業に部品やシステムなどを納入する企業も当然含まれる。「自分・自社には関係ないこと」といつまでも傍観することはできなくなる。

手塚 悟 (Satoru Tezuka) 慶應義塾大学環境情報学部 教授 應義塾大学工学部数理工学科卒業後、日立製作所入社。東京工科大学コンピュータサイエンス学部教授、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授などを経て現職。特定個人情報保護委員会委員、サイバーセキュリティ戦略本部重要インフラ専門調査会委員などを歴任。

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