2024年5月8日(水)

モノ語り。

2024年4月27日

 京都には「仕出し文化」が今でも色濃く残っています。「黒豆はあの店、ハモはこの店」といった形で、味に一家言ある人たちが、こぞってお気に入りのお店から料理を注文するのです。そんな人たちが、必ず同じことを言うのが「七味唐辛子は長文屋」です。お店に入ると、山椒の爽やかな香りがフワッと漂っています。出迎えてくれるのは3代目の宇野敏一さん。早速、七味づくりを披露してくれました。作業台の前には薬味の入ったケースが八つ並んでいます。そこから、宇野さんがまさに絶妙の「匙加減」で薬味をすくっていきます。

(写真・鈴木優太)

 「まずは、麻の実と白胡麻をすります。すりすぎると油がたくさん出てダマができてしまうのでほどほどに。それから、青海苔、青紫蘇、芥子、黒胡麻、山椒をまぜ合わせます。最後に入れるのが唐辛子です」

 宇野さんの祖父が1946(昭和21)年に独立して開業以来、今に続く製法が採用されています。「七味」なのですが、八つの薬味が入っているのも面白いところです。唐辛子が入る割合で、小辛、中辛、辛口、大辛まであり、それぞれ山椒を増量することもできます。「大辛」といっても、それほど辛くないのが特徴です。

 「唐辛子は、マイルドなものにしています。あまり辛すぎると、山椒の味が飛びますし、胡麻の旨みが負けてしまうのです。最近の唐辛子は、品種改良が進んで、ちょっと考えられないくらいの辛さのものまで出ています。七味は、漬物、豚汁や味噌汁に入れても美味しいです。市内では最近、ペペロンチーノにうちの七味をかけるイタリアンのお店も出始めています。それでも、基本は和食だと思います」

 利用が広がる七味ですが、心配事もあります。長文屋で使う唐辛子の半数は輸入です。白胡麻は中国やグアテマラ産が多く、黒胡麻はミャンマーからと、実は、その産地はグローバルに広がっているのです。

 「麻の実や芥子は、中東産が多いので紛争が起きると供給が不安定になります。国内でも、地球温暖化の影響で青海苔の生産量が減っています。山椒は紀州産を使用していますが、2018年の台風で被害を受けて生産が4分の1程度に落ちてしまい、今も回復していません。あれやこれやで、原料の価格は毎年のように上がっています」

 普段、当たり前のように使っている七味ですが、実は非常に貴重なものなのです。それに加えて、長文屋の七味は、5匙480円からと高価です。それでも、取材の最中、ひっきりなしにお客が訪れていました。

長文屋「七味唐辛子」 「七味唐辛子・大辛・山椒多め」と「六味」。この七味唐辛子を使うと、他では満足できなくなるほどだ

 「お客さんの大半は、地元の人です。少量を頻繁に購入していただいています。値上げも受け入れてくださっています。物の値段にシビアな地域では受け入れられなかったかもしれません。いっとき、京都を離れても戻ってくれる人もいますし、親子3代で通ってくれる人もいます。そうした京都の風土がこの店を育ててくれたのだと思います。お客さんがいて、買ってくださる。それだけで幸せで、それ以上望むことは何もありません。ただし、今のように注文を受けてお客さんの前で作りながら売っていきたい。これだけは曲げられませんね」

 当初は宇野さんご夫婦の3代目限りでお店を畳むつもりだったが、ご子息が「僕がやる」と言い、お店を継ぐ決意をしてくれたそうです。

 長文屋には、もう一つ珍しいものがあります。「六味」です。これには唐辛子が入っていません。私は、これをぬか漬けにかけて食べるのが大好きです。ぜひ試してみてください。

宇野敏一さん
長文屋の看板

 

長文屋
京都市北区北野下白梅町54-8 075-467-0217

   
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平成全史
平成全史

小誌の創刊は、時代が昭和から平成となった直後の1989年4月20日である。平成時代は、政治の劣化や経済の停滞など、多くの「宿題」を残した。人々の記憶から忘れ去られないようにするには、正確な「記録」が必要だ。2号連続で「平成全史」を特集する。


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