チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年11月17日

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平野 聡 (ひらの・さとし)

東京大学大学院法学政治学研究科教授

1970年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部教授。アジア政治外交史担当。著書に『大新帝国と中華の混迷(興亡の世界史17)』(講談社)、サントリー学芸賞を受賞した『清帝国とチベット問題 多民族統合の成立と瓦解』(名古屋大学出版会)がある。

 あらゆる政治判断の不適切さの果てに袋小路に陥った日本外交を仕切り直しするためであろうか。先日のAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議に際しては日中首脳会談が設定され、民主党政権はその雰囲気を作るためにも「対中配慮」の姿勢に徹した。しかし、中国はあくまで中国の論理で動くのであり、民主党政権が「中国は自らの思いやりに応えくれるだろう」と期待していたとすれば、そのような性善説的外交こそ問題であろう。中国側が日本に返した「思いやり」とは、日本との首脳会談を正式な会談とは認めない「交談」という表現であった。

 いずれにせよ、尖閣問題をきっかけとして、中国は自らが「核心利益」あるいはそれに準じる事柄(すなわち「祖国の統一」にかかわる台湾問題・少数民族問題での主導権確保、および資源確保・防衛面できわめて重要な意味を持つ海域の確保)について、日に陰に日本を揺さぶろうとしていることは明らかである。

東京国際映画祭でビビアン・スーが見せた涙

 例えば、先月開催された東京国際映画祭の場で、中国は自らの領土主権をめぐる立場について日本を秘かに試すかのような事件を引き起こしたのをご存じだろうか。

 東京国際映画祭の開幕にあたっては、各国・地域の出演俳優や映画関係者たちが華々しく着飾ってグリーン・カーペット上を彩るセレモニーが繰り広げられた。しかし、それに先立つ控えの場にて、中国の代表団が台湾の代表団に対し突如「君たち台湾人も我々と同じ中国人だろう。したがって『台湾』ではなく『中国台湾』『中華台北』と名乗るべきだ」と要求し、台湾の代表団と激しい口論となった。それだけでも十分、映画祭という文化の祭典にふさわしくない不祥事であり、敢えて意図的に祝典の空間を破壊しようとする行為であるが、実際に中国代表団は敢えて尖閣問題を持ち出し、「海峡両岸の中国人がともに国際映画祭の場を活かし、釣魚島問題について日本に徹底抗議をしよう」と主張したのであった。

 中国側による無理難題に直面した台湾代表団は、祝典の本番に混乱を長引かせて日本側事務局や他の参加者に迷惑が及ぶことを避けるべく、やむを得ずグリーン・カーペットでの晴れ姿の披露を断念した。そこで、日本でもかねてから親しまれているビビアン・スーは、馴染みの日本で錦を飾るべく美しく着飾っていたにもかかわらず、突如降って湧いた政治問題ゆえに宿願を果たせず涙したのであった。

 日本においてこの事件は、単に台湾の国際的な地位や国際舞台における呼称の問題として、焦眉の急である尖閣問題と比べはるかに小さく報道されるにとどまった。しかし台湾では、メディアを中心に中国の姿勢への反発が沸騰したことは言うまでもない。その度合いは、両岸関係の改善に熱心で「親中」とされる国民党・馬英九政権の下ではかつてないものであった。台湾の人々は、中国経済との相互依存によって台湾の経済成長が実現している現状を踏まえつつも、改めて台湾と中国の心理的距離について自覚させられたものと思われる。

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