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2010年11月24日

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 次いで柳田は、レーザーや高感度カメラを駆使してアクチンの観測に成功。ミオシンが歯車のように動くなら、レール役のアクチンは固いはずだが、撮影したアクチンは風になびく草のように揺れていた。定説を次々と覆す柳田は、この頃から国際会議に引っ張りだことなる。

 では、柔らかいレールの上をミオシンが動くメカニズムとは何か。柳田はアクチンより小さなミオシンを1個ずつ見ることに挑み、1995年に世界で初めて溶液中で動いている状態のミオシンを観測。柳田が首振り説に疑問を抱いてから四半世紀を経て、筋収縮の謎の解明は大きく前進した。

写真:田渕睦深

 ミオシンはどんな動きをしていたのですか?

 「ミオシンは、アクチンの上をきちっと動くのではなく、前後左右にふらふらとしながら、よく見ればある方向に進んでいるとわかるという動きをしていた。脳は、例えば『コップをつかめ』というミッションを送るだけで、各分子に『君は右にどれだけ進め』なんて言いません。ミッションに基づいて、自分でどう進めばいいかを確かめなきゃいかんとなったら、ミオシンはふらふら歩いて、いろいろな可能性の中でいい方向を探すしかない。コップがつかめない時も脳は『ダメだ』と言うだけ。それで分子は『あかんらしいぞ』と、また探すんです」

 複雑なシステムを頭脳で全部コントロールするには膨大なエネルギーを要するし、環境変化のたびに条件を設定しなければならない。コンピュータがそうだ。人間は、脳に過度な依存をせず、末端の分子という個々がふらふらしながら処し方を探すことで自律的に全体が機能するシステムを、進化の中で獲得してきたのだ。

これからは混沌の中から
いい方向を見つけるのが必要

 「世の中も同じです。何が正しいかわからない混沌、しかも状況が突然変わる環境では、杓子定規な秀才よりも、いろんなことを経験して一見ふらふらしている人のほうが、いい方法を決定できる可能性がある。でも、揺らぎにはミッションがないといかん。方向性を極めたリーダーのもとでやらなきゃいかんのは確かです」

 柳田もふらふらしてきた。「自ら落ちこぼれるやつがあるか」とこきおろされながら、花形の半導体分野を去ったことが、まずそうだ。

 生物に移って師事した大沢文夫教授も、柳田に言わせれば「“いいかげん”の極みみたいな、すばらしい先生でした」という人物だった。「『いい仕事をすればいい』しか言わず、あとはタカラジェンヌの話ばかりで、個々の研究結果は『すごいね。それで?』で終わり。でも、自由度もあったから責任もありました」。

 柳田は研究室に入って数カ月後、何も指示しない大沢に「何をやったらいいのか」と尋ねた際、「えっ、君、何かしたいから来たんじゃないの?」と言われて目が覚めたと振り返る。大沢は「謎を解明するという『いい仕事』こそがミッション、あとは自分で考えろ」と伝えたかったのかもしれない。不可能と言われながら柳田が見えない出口に至れたのは、視野を広げて試行錯誤をし続けてきた研究スタイルゆえだろうし、それはミッションだけを与えて口も手も出さない大沢のもとで養われたのだろう。

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